第11話 追及
(……っ)
突然、何本もの針を突き立てられたような激痛が走った。
思わず身を縮めて手元の布をわしづかみにすると、上から金切り声が降ってきた。
「ああっ、動かないで! 傷口に刺さっても知りませんよ」
目を開くと、そこは自室の寝台の上だった。
うつ伏せに横たわったハーシェルのそばで、主治医のユグムがピンセットでつまんだ綿に消毒液を含ませている。先ほどの痛みはその綿を当てられたせいだろう。台の上には、血のついた包帯が置かれている。
「いつなの……?」
窓から差し込む光は明るかった。朝か、それか昼過ぎのようにも見える。
ユグムはとんとん、と綿にしっかり液を染み込ませながら言った。
「姫様が怪我をされてからで言いますと、二日目の昼です」
「え、二日――痛ッ!」
肩の傷口に綿を当てられ、ハーシェルは思わず顔をしかめた。
容赦なく、綿はポンポンと肩の傷口に当てられる。目先にある主治医の服をにらみつけながら、ハーシェルはなんとか動かずに痛みに耐えた。
「私、二日も寝てたの……?」
「ええ、そうですよ。まったく、あなたはただでさえ余計な傷をこしらえてくるというのに、今回のけがといったら……。命があることに感謝してくださいよ。当たりどころによっては、死ぬところだったのですから。だから、少しは大人しくしていてくださいとあれほど――」
ぶつぶつと文句を言いながら、ユグムはくるくると清潔な包帯を巻いていく。恨み言をつぶやいているせいか、いつもより巻きがきつい気がした。
この医師には稽古中のけがで日頃から世話になっている。ユグムからすれば、稽古のけがは本来必要のない「余計な傷」にあたいするようで、ハーシェルが武術に励むことを良く思っていなかった。
「これを機にちょっとは自重していただけるようになると、わたくしとしてはありがたいですね。二か月は絶対安静ですよ。よろしいですね?」
「はぁ⁉︎ 二か月?」
ハーシェルが思わず叫んだ時だった。
「姫!」
ノックをすることも忘れ、ルカが部屋に飛び込んできた。そしてハーシェルの姿を目にするやいなや、回れ右をした。
「し、失礼しました」
ハーシェルはユグムに衣服をもとのように着せてもらっている最中だった。「もういいわよ」と言うと、ルカはそろそろとこちらを振り返った。
「意識が戻ったと知らせを受けたもので……突然押しかけて申し訳ありません。ご気分はいかがですか?」
「ちょっと、あなたこの医者に言ってやってよ! 二か月安静は長過ぎるって」
「お変わりなさそうでなによりです」
ルカは一つうなずくと、考えるような顔をした。
「しかし二か月となると、今度のアグレシアの訪問はあきらめるしかなさそうですね……。あちらには、欠席するとの書状をしたためておきましょう」
「そんな!」
ハーシェルは悲痛な声を上げた。
アグレシア国は、ナイル近辺にある国の一つである。そのアグレシアと同盟を結ぶために、城の何名かの者で近々国を訪ねることになっていた。
一週間かけて父に直談判し、ようやくハーシェルにも同行の許可が降りたところだったのだが……
「いくらなんでも、欠席はないでしょう! 他国を見るのは滅多にない貴重な機会だって、あなただって言ってたじゃない。けがなんて、来月にはもうほとんど治ってるわよ」
「わたくしの言葉をもうお忘れになりましたかな。二か月は絶対安静、これは決定事項です」
包帯や消毒液を箱に片付けながら、ユグムが歯の間からしぼり出すようにして言う。
「それでは、わたくしはこれで失礼します。くれぐれも、姫様が無茶をなさらないようご注意を」
最後の言葉はルカに向かって言うと、ユグムは鞄を片手に立ち上がった。
壁の向こうに姿が消えてすぐ、ぱたん、と扉が閉まる音がする。
「……全然信用されてないわね、私」
ハーシェルがつぶやいた。
窓の外では、小鳥たちが軽やかなさえずり声を上げていた。黄色い陽射しで満たされた部屋はぽかぽかと温かく、暗殺未遂があったばかりとは思えないほど、周囲はおだやかな空気に包まれている。
今日のルカは妙に口数が少なかった。いつもなら「日頃の行いのせいじゃないですか」などと皮肉めいた言葉が返ってきそうなものだが。
横目にそっとルカを見上げると、隣の側近はどこか緊張した面持ちをしていた。
「――私は、あなたに謝らなければならないことがあります」
ルカがぎこちなく口を開いた。
ルカが何を言おうとしているのか、ハーシェルにはなんとなく分かるような気がした。続きを待っていると、ルカはとん、と床に膝をついた。
「姫に当たったあの矢を射たのは私です。本当に、申し訳ありませんでした」
うなだれるようにこうべを垂れるその後頭部を、ハーシェルは特に驚くこともなく見つめた。
ルカが放った矢であったことは知っていた。飛んできた矢の正確さ、それにハーシェルが打たれた直後のルカの表情を見れば分かる。
ハーシェルはそっぽを向いた。
「別に。あなたは気にしなくていいわ」
矢の位置には寸分の狂いもなかった。
ハーシェルがその場から動かなければ、矢はハーシェルをかすりもせず、確実にウィルの心臓を貫いていただろう。
迷うような間のあと、ルカは唇をぬらしてゆっくりと言葉をつむいだ。
「……確かに、そうとも言えるのかもしれません。今回ばかりは、私だけに非があるとも限りません」
膝をついたまま、顔を上げる。ハーシェルに向けられた目が、わずかに薄く細まった。
「なぜ、あの少年をかばうようなまねをしたのですか。お言葉ですが、あなたがあの場で割って入らなければ、このような深い傷を負うこともなかった。納得のいくご説明を」
「それは」
ハーシェルは体を固くした。
いつか、この質問が来るだろうと思っていた。緊張からか、こわばった手の下で掛け布団にうっすらとしわが寄る。
「なにも、すぐに殺さなくてもいいんじゃないかと思って。相手にも何か事情があるかもしれないし、判断するのはきちんと取り調べをした後でも――」
「事情?」
ルカは信じられないという顔をした。
「あなたは殺されるところだったんですよ? 刺客の立場を案じるなんて、随分と余裕ですね。それに、私の役目は姫の命をお守りすることです。相手にどんな事情があろうと、姫に剣を向けた時点でその場で死罪は当然です」
皮肉交じりにあっという間にルカに反論され、ハーシェルは押し黙った。
ルカの言っていることは正論だ。返す言葉もない。
ルカは小さくため息をつくと、席を立ち真顔でハーシェルを見下ろした。
「そろそろ、本当のことを話してください。先日の夜中に侵入者があったとき、何も気づかなかったというのは嘘でしょう。むしろ、何かがあったから黙っていたのではないですか。それに最近、稽古のあと毎日のように人目から抜け出していますね。なぜですか。あの少年に会うためですか」
ハーシェルはひゅっと息をのんだ。
ルカは追及の手を緩めない。さらに追いうちをかけるように、ルカは言った。
「あなたとあの少年は、いったいどういったご関係なのですか」
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