第2話

 今日だけは、どう足掻いたって子供であることを存分に活用してやろうと思う。

「先生、トリックオアトリート!」

 放課後の職員室、課題を提出するついでにねだってみせれば、ペンを持ったままだった手が引き出しへと伸び、視線もこちらから一度外れた。もっとも、その程度で会話が途切れるわけではない。

「ハロウィンも随分普及したよね」

「ああ、昔はここまでじゃなかったんでしたっけ」

 確かに、小学生ぐらいの頃は英会話教室に通っていればお菓子を貰える、程度のものだったかもしれない。気が付けば学校生活の中に馴染んでしまっていたから、いつからだったかなんて考えたこともなかった。

 そうだよ、と何の気なしに打たれた相槌は、きっとその実、知ることの出来ない昔の思い出を辿っている。嫌だな、と反射的に思ってしまうのは、我儘と言われても仕方ないんだろう。

「先生、トリックオアトリート」

 それでも。子供じみた真似だと分かっていても。

「……お菓子がないなら悪戯してやろうなんて、考えるのは百年早いよ」

 眼差しがこちらに戻って、その手がお菓子を渡すために掌に触れてくれるなら、構わないと思う。

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