第24話
一軒の日本家屋があった。黄色い竹が柵のように並んでその家を囲い、唯一開かれた場所は藍色の短い暖簾がかかっている玄関前だけだった。
その暖簾をくぐった先にあるものはずらりと並んだ無数の刃物であり、それがこの店の売り物だった。陳列ケースに並んでいるものはほとんど包丁など日常で使える刃物ばかりだったが、壁には日本刀、棚にはナイフや小刀なども飾ってあった。とはいえ、ここで作ったそれらが売れることはほとんどなく、主に職人の腕を見せるための看板のような役割を果たしていた。店の隅には四畳ほど畳が敷かれており、そこで研師が刃物を研ぐ実演をしていた。少し前までは老人がよくその畳に座っていたが、最近では若い弟子がいつでも跡を継げるようにと修行もかねて、その畳で刃物を研がされていた。
カレンはミネコに刺された幾日後、アイドルを辞め、関の刀匠に弟子入りしていた。それ以来、ここで刃物を研ぐ日々を送っていた。ミネコは客の相手をして刃物を売ったり刃こぼれした刃物を研ぐ依頼の受付をしたりしていた。刃物を光にかざすように持ち上げて見ていたカレンの腕には大きな切り傷の痕が残ったままだった。見上げていた刃物を下ろしてカレンが頷くと、客を見送ったミネコがその隣に座った。
「上手いものだな」
「そう?」
「ああ。そろそろ休憩にしようか」
ふたりは店の畳で湯飲みに入れたお茶を飲んだ。
「むかし、日本刀の展覧会に行ったでしょ? あのとき、おねえちゃんは言ったよね。刃物の本質はモノを切ることだって」
「そうだったかな」
「あのときは納得したけど、いまはすこし違うかなって」
「ほう?」
「刃物の本質はさ、人を斬ること、なんだよ。だからわたしは刃物に魅了されたんだと思う」
カレンは自分の切り傷を愛おしそうに撫でた。
「自分の体で体験しちゃったからね。刃物の魅力」
「刃物に伝う血が、刀身をより美しく見せてくれるんだ」
「だからわたしのこと斬ったの?」
「まさか、ね」
ミネコは袖をまくり、いつまでも外さなかったリストバンドを外した。そこにはリストカットの痕がいくつもあった。
「刃物が私を魅了したときの傷だ。頑張ってもアイドルに届かないことが辛くてね」
「なんで言ってくれなかったの?」
「さあね。……きっと、私は憎かったのだろう。母さんもカレンも。アイドルとして成功していたふたりのことを尊敬していたけれど、同時に嫉妬していた」
「そっかぁ」
「いや、嫉妬はカレンにだけだな。母さんはやっぱり憎かったな。あの人は私にとって偉大すぎた。いつでもちらつく影が怖かった。まるでひとりでに踊る赤い靴だな」
「おねえちゃんはなんで、赤い靴を履かなかったの?」
「なんてことはない。気がついたときにはサイズが小さかっただけだ」
ミネコは肩をすくめてみせた。ふたりが微笑み合っていると、店の奥から暖簾をかき分けてカレンの師匠が顔を覗かせた。ミネコは老人にお茶を勧めるために席を立った。
赤い靴のアイドル 音水薫 @k-otomiju
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