第22話

 クリスマスライブ当日、新しい衣装に着替えたワイルド・スワンの三人はまだ楽屋の残っており、三者三様の方法で本番直前の張り詰めた緊張感を和らげようとしていた。ハナヨはイヤホンをつけて音楽を聴き、リョウはおにぎりを食べ、カレンは赤い靴に触れていた。カレンがその赤い靴を履くと、半年間の酷使が祟ったのか、靴底が半分以上剥げ、足を持ち上げるだけでそこのゴムがぱかぱかと垂れ下がった。

「だれか、接着剤とか持ってない?」

「いや、それはもうダメだろ。てゆーか、その靴履くの? せっかく衣装新調したのに」

「靴だけはこれじゃないと……」

「危ないって」

 リョウは勝手にカレンの衣装が入っていたバッグをあさり、衣装に合わせてデザインされた新しい靴を取り出してカレンの足元に置いた。

「こっちにしときな」

「でも……」

「ふふ。いいダンス靴だものね」

 ハナヨのことばにふたりが振り返ると、ハナヨはイヤホンを外して妖艶に微笑んだ。

「これが? 重いしボロいし汚いのに?」

「童話の話よ」

 リョウが首をかしげてカレンのほうを見ると、カレンは唇を尖らせてリョウから視線をそらした。

「リョウちゃんにも教えてあげるわ。赤い靴のお話」


 三人は椅子で三角形を作るように座り、ハナヨが語る童話の要約を聞いていた。カレンはうつむいたまま、赤い靴を脱がずにいた。

「くだらねー。ただの童話じゃん?」

「あら。だけどカレンちゃんがこの靴を初めて履いたライブは半年前の一周年記念のときでしょう? 私たちの成功はそこから始まった。赤い靴さえあればカレンちゃんはミスしないもの。なにかあってもおかしくはないと思わない?」

「カレンが人知れず努力したからかもしれないだろ」

「あら。努力って、そんなにも簡単に効果が出るものかしら。それはリョウちゃんのほうがわかっていると思ったのだけれど」

 リョウはことばに詰まって頭を掻き、うつむいているカレンをちらと見た。

「ハナヨさんはさ、カレンにこの靴で出て欲しいの?」

「さあ? べつにミスさえしなければなんでも構わないけれど」

「あたしは嫌だな。足首を斬るじゃないけど、怪我されても困るし。それに、靴のおかげとか、あたしらのこと馬鹿にしてんじゃん」

「ふふ。そんなつもりはないと思うけれど」

「なあ、カレン。靴に踊らされて楽しいかい? そんなアイドルで満足なのか?」

「それは……」

「足首斬っちゃえばいいのよ」

「ハナヨさんは黙ってろよ。……覚悟決めなって。世界が変わったんじゃない。カレンが変わったんだよ。もう靴に頼らなくたって大丈夫だって」

 廊下から足音が聞こえ、だんだんと大きくなってきた。楽屋の前でその足音が止まり、扉をノックする音。

「おねえちゃん?」

 扉が開いて顔を覗かせたのはライブスタッフだった。

「すみません、そろそろ」

「だってさ。ほら、行こうぜ」

 リョウはカレンの肩を叩き、楽屋から出て行った。ハナヨは記念ライブのときのようにウィンクし、鼻歌を唄いながらリョウのあとに続いた。カレンは出て行くふたりの背中を見つめたまま立ち上がらず、あとを追いかけていたその姿が見えなくなるとまたうつむき、自分の足を包む赤い靴を見下ろした。

「おねえちゃん……」

 楽屋の扉が音を立てて閉まった。

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