第20話
「そろそろ行こうや」
リョウに声をかけられ、はっと正気づいたカレンが時計を見たとき、時刻はもう予定の時間になっていた。
ふたりは事務員に見送られながらタクシーに乗り、収録現場に向かった。
「ハナヨさんは?」
「バイク」
「ああ」
車が走り出し、カレンはまだ見慣れた風景が続けざまに流れていくようすを漫然と見送っていた。ときたま自分たちが写ったポスターを見つけては視線だけがその場に留まるように、うしろに流れていくものを追いかけていた。
「ずいぶん静かじゃん。どうしかしたん?」
「ううん。……なんか、あれからずいぶんと世界が変わったなと思って」
「まあ、一周年ライブするまでファンレターなんてほとんどもらったことなかったしな」
「感動したとか勇気をもらったとか。おおげさなものだと生きる糧になったとか書かれてた」
「重いねぇ」
「わたしたち、もう歌が好きだから歌ってるってだけの存在じゃないんだね」
「あんま考えすぎんなよ」
カレンは黙って頷き、座席に倒れるように身を預け、再び窓の外に目を向けた。より都心に近づいたせいか賑わいだした外のようすから目をそらすようにカレンが空を見上げると、そこには街頭スクリーンがあり、ワイルド・スワンがつぎに行うライブの宣伝映像が流れていた。カレンを中心に据えて左右にリョウとカレンを立たせ、ライブの報告をし、ついで切り替わった映像は過去のライブのものだった。かつてない規模でお贈りするワイルド・スワンのソロライブ。
「あたしさ、最近楽しいんだよな」
リョウは目を閉じたまま、夢でも見ているかのように静かな声でそう言った。
「売れてきたから?」
「それもあるけどさぁ……」
リョウは呆れたように横目で身を起こさないカレンを見やり、ため息をついた。
「なんていうんかな。アイドルの本質がわかってきたような気がするっつーか」
「アイドルの本質ってなに?」
「さあ。言葉にはしづらいけど、なんかこう、胸の中をめぐるような感覚があるんだよ。これがアイドル、みたいな」
「なんだ。わかってないんじゃん」
「厳しいねぇ。けど、あたしのなかでアイドルはダンサーよりも下の存在だったんだけど、最近それが変わったんだよな。いまの自分を誇れるようになったっていうか。中の上とか、そういう考えがなくなったんだよ」
「そっかぁ……」
「おっ。見えてきたな」
タクシーがだんだんと速度を落とし、ふたりは現場に到着した。
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