第16話
「むかしむかし、あるところに……。
「え? 日本昔ばなし? 違うわ。童話よ? 舞台? さあ。デンマークあたりじゃないかしら。もういいでしょう。続けるわよ?
「むかし、あるところにカーレンという少女がいました。名前は原作通り。すこし落ち着きなさい。
「カーレンの家はとても貧しかったので、彼女は自分の靴を持っていませんでした。そんなカーレンを哀れに思った靴屋の女将さんは古い小布で赤い靴を作ってやりました。
「この靴はちがうわ。まだ冒頭だから。
「その日はカーレンの母親の葬式だったので、彼女はもらったばかりのその靴を履いて葬儀に出かけました。本当は黒い靴でなくてはいけないのですが、ほかの人たちはカーレンが靴を持っていないことを知っていたので、なにも言いませんでした。
「そのとき、偶然通りかかった婦人がカーレンのようすを見て哀れに思い、カーレンを養子にしました。この幸福は赤い靴のおかげだ、とカーレンは喜びましたが、婦人はその靴を捨ててしまいました。
「……べつに靴からの復讐とかはないわ。
「それから時が経ち、カーレンは美しい娘に成長し、婦人とともに新しい服と靴を買いに出かけました。カーレンはそこで見つけた赤い靴が欲しくなり、婦人の目を盗んで赤い靴を買いました。その靴はエナメル革でできていて、ぴかぴかと美しく光っていました。
「そうね。その靴によく似ているかもしれないわ。
「さて、カーレンは婦人の注意を無視して、教会に行くときに赤い靴を履いていきました。教会に向かう途中、老兵が赤い靴に触れ、『いいダンス靴だ』と言いました。
「ええ、そう。さっきのセリフね。
「そのときはとくになにも起こりません。しかし、教会からの帰り道、再びカーレンは老兵に出会い、同じ言葉をかけられました。するとどうでしょう。なにが起こったと思う?
「不思議なことに、カーレンの身体が勝手に踊り始め、自分の意志では止められなくなってしまいました。
「いえ、話はこれからよ。
「みんなに取り押さえられてようやく靴を脱いだカーレンはなんとか踊ることをやめられました。
「しかし、靴のことが忘れられなかったカーレンは再び赤い靴を履き、病気になった婦人の看病をほったらかしにして舞踏会に出かけてしまいました。なんて親不孝なカーレン。けれど、足はカーレンの意志に反して街の外に向かいました。
「カーレンが森に着いたとき、あの老兵が現れ、彼女に向かって『いいダンス靴だ』と言いました。カーレンは怖くなって靴を脱ごうとしましたが、靴はぴったりとくっついて脱ぐことはできませんでした。
「そのとき、厳しい顔をした天使が舞い降りてきました。
「助けてくれたと思う? まさか。
「天使はカーレンに向かって『お前は死ぬまで踊れ』と言って呪いをかけました。天使なのにね。
「婦人が死んでもなお踊り続けたカーレンは処刑人を呼び出し、自分の足を切るように頼みました。
「カーレンは足を切ってようやく踊ることをやめられましたが、赤い靴はそのままひとりでに踊りながらどこかに行ってしまいました。……おしまい」
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