第15話
五月末日、カレン、リョウ、ハナヨから成るアイドルグループ、ワイルド・スワン結成一周年記念ライブが開催されることとなった。無名のアイドルにしては規模の大きな会場だったが、客席はほとんど埋め尽くされていた。というのも、来場する人のほとんどはワイルド・スワンよりも、彼女たちを祝いに来た同事務所の先輩アイドルたちのステージを目的としていたのだった。カレンたちもそれは承知の上で、しかし腐ることなく自分たちにできる最大限のパフォーマンスを披露しようと誓ったのだった。
カレンは楽屋で衣装に着替え、赤い靴を履いた。つま先を地面に打ちつけ、その履き心地に頬を緩めた。
「履き心地はどうだ?」
「ぴったり。わたしの足に合わせて作ったみたい」
ミネコはカレンの全身が写るように携帯で写真を撮った。
「修理には出さなかったのか?」
「うん。このライブはこのままがよかったの。おばさんが積み上げたもの全部、わたしが引き継ぎたかったから」
「まあ、古いとはいえ丈夫な品だ。今日くらいは保つだろう」
大丈夫か、とミネコはカレンの頭を撫でた。カレンは力強く頷いた。ミニライブでさえ直前になると青ざめていた顔色が今日はずいぶんと明るかった。
「なんかね、すごくわくわくするの」
ミネコは生き生きと話すカレンの声を聞き、吹き出すように笑った。
「おねえちゃん?」
「いや、すまない。むかし、母さんが言っていた通りのことをいうものだからつい、ね」
「おばさんが?」
「ああ。母さんがアイドルだったころの話をしてくれたことがあってね。そのときに言っていたのさ。『赤い靴を履いた途端、不安が全部わくわくに変わる。踊りたくてしかたがない気分になる』ってね」
「わたしもおばさんみたいなアイドルになれるかな?」
「私なんかよりずっとね。……じゃあ、体を冷やさないように」
ミネコは最後の仕事を果たそうと、ライブスタッフと最後の打ち合わせのために楽屋から出て行った。そして、入れ替わるようにハナヨが楽屋に入ってきた。
「邪魔しづらい空気だったわぁ。恋人なの?」
すみません、とカレンが恥ずかしそうに頭を掻いていると、ハナヨはその足元に視線を下ろして何度も頷いた。
「赤い靴。ふふ、本当に真っ赤ね。いいダンス靴だわ」
ハナヨは手を口に当て、面白くてたまらないといったようすで笑いをこらえていた。またなにか変なことを思いついたのかな、とカレンが首をかしげていると、ハナヨはその視線に気づいてにやついたまま顔を上げた。
「ごめんなさいね。まるで魔法使いみたいだったと思ってね。いまのだと私が呪ったみたいじゃない? あと二回、口を滑らせないようにしないとね」
はあ、とカレンはハナヨがなにを言っているかがわからず、通訳してくれそうなリョウが早く楽屋に戻ってきてくれないかと入口のほうに視線を向けた。
「あら、もしかして知らないの? アンデルセン童話の『赤い靴』」
「聞いたことないですね」
「教育的配慮の賜物ってやつかしら。まあ、いいわ。きっとあなたに必要な話だから聞かせてあげましょう」
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