第12話
駅から出てきたカレンは胸の下をベルトで絞った白いマキシ丈のワンピースにライトブルーのデニムジャケットを羽織った格好だった。彼女は玄関で編み上げのブーツを履いたときに、やはりこの格好ではない、と思い、遅刻するつもりで着替え直したのだった。おかげで電車を二本逃し、二〇分ほど約束の時間に遅れていた。カレンが辺りを見渡してミネコを探していると、誰のものかもわからない銅像の前でミネコがカレンに手を振っていた。
黒いスキニーパンツに赤いベルト、タイトなグレーのシャツにマニッシュなロング丈の黒いベストと普段のスーツよりはカジュアルな格好のミネコだった。しかし、とくにカレンの目を引きつけたものはミネコの左手首についたタオル地の黒いリストバンドだった。
「おまたせ」
「私もいま来たところだよ」
行こうか、とミネコはいつもどおりカレンの手を取り、歩き出そうとしたが、カレンが立ち止まったまま動かないことを不思議に思い、振り返って首をかしげた。
「どうした?」
「おねえちゃん、むかしからダンスレッスンのときはリストバンドつけてたよね」
「ああ。汗を拭いたり、なにかと便利だったからね」
「なんでいまもつけてるの?」
「普段から着けているよ」
「スーツのときも?」
ああ、とミネコはそれがどうしたと言わんばかりに頷いた。
「外さない?」
なぜ、と不思議そうにカレンを見つめるミネコの視線から逃れるように、カレンは足元に目をそらした。
「……ダサいから」
「そのぶん、カレンが可愛いから大丈夫だよ」
ミネコは笑って取り合わず、そのままカレンの手を引いて歩き出した。カレンは褒められたことの嬉しさで頬を緩めながらもため息をつき、なんとかリストバンドを外してもらえないかと画策しながらミネコと並んだ。
「おねえちゃんのセンスはおかしい」
「そうかな」
「ジャージとスーツを同列に考えてるでしょ」
「まさか。そんなつもりはないよ」
しかしカレンはそのことばを信じず、ジャージの数ばかりが豊富だった学生時代のミネコのクローゼットを思い出し、辟易とした。
博物館という目的地の場所柄、進むにつれて人や車の通行が減っていき、木々や植物が増え始めた。それも、山間部が近くにあることもあって、人工的に植えられた木というよりも森を開拓してつくった印象が強く、しだいにアスファルトの道から、雨が降るとぬかるんでしまいそうな土の道に変わっていった。カレンは白い服にしたことを後悔しつつ、ワンピースに土がつかないように気をつけて歩いた。そして、歩きながらも母から命じられたミネコの母の病状について、いつ尋ねようかとタイミングを計っていた。
「わたしもおねえちゃんみたいにショートカットにしようかな。ダンスのとき邪魔だし」
「わざわざ切らなくても、リョウのように結わえればいいんじゃないか?」
「ポニテはひっつめたときの引っ張られてる感じが好きじゃないんだよね」
「じゃあ、おさげはどうだ」
「いや。イモっぽいし」
「似合うと思うんだがな」
「だから嫌なんだってば。みんなみたいに目鼻立ちとか派手じゃないし。髪までイモっぽくしたら地味さに拍車かかるでしょ!」
「でも、カレンはセミロングくらいがいいよ」
「踊ってるとき、自分の髪食べたくないし」
「それでも、私はいまのカレンが好きだな」
「……じゃあ、やめる」
ミネコは満足げに微笑み、カレンの髪をひと束持ち上げた。
「そういえばさー」
カレンは自分の白々しさに心が折れそうになりながら、ミネコを見上げて深刻になりすぎないように気をつけた。
「おばさんの調子、どう? 実家に帰ったんでしょ?」
「どうだろうね。叔母の話だと変化はないらしいから、悪くはないんだと思う」
「そっかぁ……」
「まあ、治るものではないらしいから、現状維持できているというのはいいことだろう」
カレンはそう言って笑うミネコの姿を痛々しく思い、いまにも涙をこぼしてしまいそうになりながら彼女の横顔を見つめた。潤んだ瞳を見られまいと顔をそらしてうつむき、介護に携われない自分を責めているだろうミネコを想って握る手を強めた。
「どうした?」
その優しい声に応じるように、カレンは首を振って笑顔を向けた。
「早く行こう?」
この気分転換が、自分ではなくミネコを癒すものになれば、とカレンはまるで自分が楽しみでしかたがないかのように、ミネコの手を引っ張って会場まで走った。
「日本刀の拵」と書かれた看板が見えてきた。
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