第6話
カレンはリョウのサポートを受け、なんとか商品の注文を終えた。そして、ポテトとバナナシェイク、ハンバーガーを乗せたトレーを持って二階の席に向かうと、大半の席は彼女たちと同じ年代の集団で埋め尽くされていた。
「三階に行こうか」
リョウに促されて三階に行くと、そこは全て二人掛けで、客のほとんどは高校生のカップルだった。
「こんなところでも格差が」
恐れ慄き立ち尽くすカレンを尻目にリョウは空いている席の中でも邪魔が入りそうにない、衝立のおかげで個室のようになっている席を選んで腰掛けた。
「ハナヨさんも呼んでみる?」
「あの人は仕事中だろ」
そっか、とカレンはリョウの対面に座り、飲み物にストローを挿した。
「今日は作戦会議をしようと思います」
カレンはハンバーガーを裏返し、丁寧な手つきで包装紙を広げた。向かいからリョウが手を伸ばし、ハンバーガーが半分ていど隠れるような形に包装紙を折った。
「こうしたら手ー汚れないだろ」
だよね、とカレンは両手でハンバーガーを持ち、パンにかじりついた。パテには到達しなかったが、それでもカレンは味わうように目を瞑って頷き、咀嚼した。
「作戦って?」
「わたしってふたりに比べてキャラが薄いと思うの」
そうかね、とリョウはカレンのポテトに手を伸ばし、いくつかつまみとった。
「まあ、ハナヨさんはわかるよ。背高いし美人だし。少し変なところはあるけど」
「変じゃなくて、ミステリアスっていうんだよ」
「あたしはキャラとかなくね?」
「マニキュアしてる」
「女子高生はみんなしてるよ」
「わたし、してない」
「まあ、校則にもよるかな」
「面倒見いいし姉御だし」
「ステージで披露しにくいなぁ」
「ダンスうまいし」
リョウはことばに詰まり、頭を掻いてため息をついた。
「そりゃーまあ、そこらのアイドルよりはさぁ」
歯切れ悪くなにかを呟くリョウにカレンが首をかしげていると、リョウは悩ましげな声で唸った。
「あたしさぁ、もともとはダンサーになりたかったんだよね」
カレンはハンバーガーを食みながら、そっぽを向いてストローを噛むリョウを見つめた。
「けどさぁ、わかっちゃったんだよね。才能の差ってやつ?」
「じゃあ、なんでアイドルやってるの?」
「アイドルになら負けないって思ったから、かな。上の下になるより中の上がいい、みたいな」
リョウは自嘲気味に笑い、カレンの視線に気がついてから困ったように頬を掻いた。
「悪い。しつれーな話だよな。けど、馬鹿にしてるつもりとかないから」
んー、と唸りながらカレンはハンバーガーを置き、シェイクに手を伸ばした。
「動機はべつになんでもいいと思うな。リョウはいま、オーディションに受かってアイドルやってるわけだし。わたしなんてほとんどおねえちゃんのコネみたいなものだし」
「ケチャップついてんぞ」
リョウはナプキンでカレンの口元を拭い、話の続きを促した。
「おねえちゃんが事務所に入社して、最初にしたことがわたしのスカウトだったの。書類選考とかすっとばして、いきなり社長に会わされた」
「それはそれですごいよ。よく受かったな」
「おねえちゃんがおばさんの名前まで出したから」
リョウが首をかしげると、カレンは適切なことばを探すようにストローをつまみ、シェイクの中身をかきまわした。
「おねえちゃんのお母さんね、元アイドルだったの。三〇年くらいまえにイッセーをフービした赤い靴のアイドル。……知らない?」
「ないねぇ」
「おばさんのプロデューサーやってたひとがいまの社長なんだって。……おねえちゃん、自分がアイドル目指してたときはコネなんて絶対使おうとしなかったのに」
「お前にはホント甘いんだな、ミネコさん」
リョウがシェイクのストローを吸うと、わずかな水分が断続的に吸い上げられるような音がたち、中身が空になった。リョウはカップの上部を持って軽く左右に振り、ストローがカップの内部でぶつかる音しかしないことを確かめてトレーに戻した。
「ハナヨさんはなんでアイドルやってるんだろうね」
「さあ。元々はOLだったらしいし、いろいろあったんじゃね?」
「それにしてもさ、モデルとかでもいいわけじゃん。背高いし。いまだってそっち系の仕事がメインでしょ? なんでわざわざ」
「本人に訊いてみる?」
「いま仕事中でしょ」
「だからさ、現場に乗り込もうって話」
リョウはカレンが食べ終えたハンバーガーの包装紙を折りたたみ、シェイクのカップとフタを外して分別を始めた。
「昨日、ハナヨさんの爪切ってたらさ」
「そんなことしてるんだ」
ふうん、とカレンが目を細めてリョウを見やると、リョウは失言だったと言わんばかりに渋い顔でカレンから目をそらし、少し黙ってから咳払いした。
「そのとき、現場に遊びに来たら、みたいなこと言ってたんだよ。ソロの仕事ぶりとかあんま見る機会ないじゃん? なんか勉強になるかもしれないし」
「ハナヨさんの人気の秘密もわかるかも?」
「そういうこと」
リョウはトレーを持って席を立ち、ゴミ箱にゴミを捨てに向かおうとした。
「わたし、やってみたい」
カレンはゴミを捨て場に持っていき、カップの分別をしようとして、しかし捨てる口がひとつしかないことに気がついた。
「一緒に入れていいの?」
カレンはうしろにいるリョウを振り返り、彼女が頷くことを確認した。それでも釈然としないようで、首をかしげながらもゴミ捨てを完了させた。
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