第3話

 ミネコとカレンはすべてのシャッターが降り、街灯だけが明るい夜の商店街を並んで歩いていた。最寄りの駅はこの商店街を抜けたほうが近道だったからだ。ミネコはカレンの白いエナメルバッグを肩にかけ、反対の手でカレンの手を握っていた。彼女はカレンを導くことが幼い頃から自分に課せられた使命だと思っていたので、むかしからの習慣をいまだに続けていた。とはいえカレンも多感な年頃なので、ハナヨやリョウが見ているところではその手を握らせまいとミネコを遠ざけていた。しかし、そのふたりはまだ楽屋に残ったままだったので、カレンは安心してミネコにされるがままになっていた。

 カレンは自身より頭ひとつぶん高い位置にあるミネコの顔をちらちらと見やった。

「言ってないからね?」

「ん?」

「嫌気が差したとか」

「ああ。わかってるよ」

 そう言ってミネコはカレンに微笑みかけた。彼女の硬質な足音はカレンの小さな歩幅に合わせているせいもあって、いつもより響かなかった。

「一周年ライブまであと一ヶ月だな」

「わたしはまた笑われそう。今日もダメだったし。ハナヨさんみたいにはいかないなぁ」

「またそういうことを。こういうときは大口でも叩いておくものだ」

 カレンはくすぐったそうに、自身を見つめる慈しみの視線から目をそらした。

「そうだ。気分転換に行ってみないか?」

 ミネコはカレンの手を放し、肩にかけたバッグがずり落ちないように右肩を上げたままその手に持った自分のバッグをあさった。なかから出てきたものは四つ折りにされたチラシだった。カレンは紙とミネコを見比べたあと、それを受け取った。チラシには「刀の拵」という表題と日本刀の写真が印刷されていた。

「また?」

 カレンはチラシにざっと目を通した。開催日は「四月二〇日から五月二〇日まで」となっていた。

「今日からだね」

「来週あたり、どうだ?」

「ライブ終わってからじゃダメ?」

「そうすると展覧会が終わってしまう」

 ダメかな、とミネコは少し寂しそうに笑い、頬を掻いた。

「おねえちゃんが行きたいだけじゃない」

「アイドルになりたいなら、もっと美しいものを見ておくべきだ」

「もっともらしいこと言って。なにが面白いの?」

「そうだな。最近は機能美の象徴として拳銃が挙げられがちだが、伝統と職人の技が光る刃物のほうが痛みを想像しやすくて親しみやすいというか、私には魅力的に見える――」

 はいはい、とカレンは熱く語るミネコを軽くあしらい、一度離れた手を繋ぎ直した。


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