第12話 わたしと至高体験
不意に天啓が舞い降りたかのように、世界が美しく見える瞬間がある。見えているものがより細部まで見え、光に照らされる塵一粒、車輪の回る音、風のざわめき、青空の濃淡の違いさえよく見えて。知覚が鋭敏になり、指先に触れる菫の花の柔らかさや、コップに注がれた水の表面の光沢が眩しい。
すべてがわかった。十全に。世界と自分の関係が自分=世界になり、穴だらけだったわたしの穴という穴が埋まり満たされ、理想の世界が現前する。あらゆる音が耳ざわりのよい音楽に変わり、人の悪意にさえ慈しみを覚える。
色彩豊かでカラフルというのは、こういうことかと納得する。世界はこうだったんだ。わたし、全部わかった。わかったよ。これからはきっと、なにものにも揺らがず生きていける。自信を持って前に進んでいける。そう、きっと、そうだ。永遠に。
その瞬間が永遠に続けと祈るけれど、続かない。また日常の茫漠とした灰色然とした世界の中で一筋のきらめきを食物として生きていく。
まだかなぁ。たどり着けないかなぁ。どこかなぁ。落ちてないかなぁ。世界の秘密と、完璧なわたしの世界。
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