第9話 わたしとみつめる
同じ場所をみつめていると何かが見つかる気がする。
なんとなく、そういう気がする。
なのでわたしはみつめている。
死んだ鹿の死体をみつめている。
わたしの家は真夜中の中心にある。
昼間も夜の闇に覆われたような暗闇を背の高い木々たちがせっせと作り出している。いつだって影の中にある我が家は苔むしているわりにそれほどじめじめはしておらず、夏でも快適に暮らせたりする。ログハウスめいた木造作りの我が家がわたしは好きだ。
で、家の近くの道で鹿が死んでいた。車に引かれたとおぼしき鹿は歩道に寄せられ、死体の前に赤いカラーコーンが置いてある。昨日まではいなかったから今日の朝死んだんだろうか。
わたしは死体をみつめる。
鹿肉なんて食べたことない。
血抜きをしないとお肉が美味しくなくなると聞いたことがある。
ぎょろりと眼は見開いていて少し怖い。じーっと見つめると全く変化がなくてより怖い。黒目が全く動かない。木々の影の中にあるせいか肉は腐ってはいなさそう。生臭い血の匂いと零れた内蔵がとても赤い。
鹿の死体をみつめて見つかるものってなんだろう。
死体は動かない。太い枝で押すと動く。眼が開いているのになにも見ていない。「死んでますか?」
耳もあるけど聞こえていない。聞こえていたって、鹿だけど。
死んでしまったものは物言わぬ物体になる。
自立行動しているものを物体とは言わない。
わたしが死んでしまったら死体になる。
死体になったわたしをみつめている人をわたしは知らない。
知ることもできない。
生命活動を停止した鹿は鴉につつかれたり虫にたかられたりしながら腐敗し、バクテリアに食われ風にさらわれ風化してそのうちこの場から跡形も無くなり痕跡さえ無くなりわたしの記憶からも無くなる。
名も無き鹿は墓標を持たない。この存在を覚えていられるのはわたしだけなのだ。ここに死んだ鹿がいた。この話をわたしは先祖代々継承することで、ここに死んだ鹿がいたことを伝えていくことができる。
「意味がありますか?」
いつか消え去るわたしたちは、消え去った後に残るものを気にしてる。消え去った後のことなど全く意味の無いことにも思える。それでも伝えたり、痕跡を残したりしてるのはなぜだろう……。
誰かが死んだとき忘れたくないと思うのはなぜだろう。
わたしが死んだとき誰かに覚えていて欲しいと思うのはなぜだろう。
きっと誰かが覚えていてくれる。
小さな断片みたいな記憶のわたしが遠い遠い未来の過去にも誰かの心の中にもしかしたらいるのかもしれない。
それが意味なんだろうか。
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