第6話 わたしと走る

 走るとあらゆるものごとが解決する気がする。耳にイヤフォンを入れて音楽をかけながらだとすべてが吹き飛ぶ。

 流れていく風景、ピアノ、ストリングス、リズム、音が重層的に重なっていき、山の頂上に登った瞬間のような到達点が訪れる、そうしてわたしはお手軽にトリップ。

 風景が流れていくだけで何かが起こっている気がする。実際何かは常に起こっている。時がとまらないのだから。止まっているものなどなにも無い。止まっていると思っているのはあなたの気のせいで、時を刻むモノたちは経年劣化の故障を夢みて今も楽しく動かない。

 

 歩いたり、走ったり、景色の流れ方が違うのが楽しくて、走る。アメリカのハイウェイみたいな巨大なコンクリート道路が家の裏の堤防にはあって、そこから河川敷が見渡せる。河川敷はどこからともなく現れたごみ達のたまり場になっている。

 紫色のバイク用のヘルメット、しょうゆスプレーと書かれた謎の物体X、トマト&あらびきマスタード、大量のパステルカラーのプラスチックボトル、縫い目が消え去った軟球、プラスチックの刀、ワインボトル、中性洗剤、チャッカマンの着火する上の部分が無いやつ、靴とボールとタイヤ、水素水。

 走っている間にごみの山は見えなくなり遠方の雪を被った山嶺と水面を輝かせる川が見える。呼吸が上がってくる。視界の山をどうにか動かしたくて、まだまだ頑張る。堤防の下に見える景色は少しずつ変わっていく。地区の共同墓地、神社、雪害で潰れたビニールハウス、灰色に染まった残り雪、葉を散らして枯れ果て骸骨みたいな木々たち。

 呼吸が荒くなり、もうどうしようも無くなるとき、限界線が見える。身体的限界はとてもわかりやすい。まだ走れる、走れない。もう限界――じゃない、まだ、行ける、走れる、走っている。

 あと一歩頑張れる時と頑張れない時、とても単純な要素がその一歩を左右する。限界一歩手前のもう少し前に、ゴールの目印のようなススキが生えているかどうか。そんな単純な動機で、走れたり、もう走れなかったり、わたしの単純さに笑い声がもれて、空に吸い込まれていく。 

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