第5話 わたしとアイデンティティ

 橙色の夕暮れを眺めることを生業として生きていく。

 そういうわけのわからない決意がわたしには必要だ。

 わたしを、わたしたらしめるものなんてそう決めたかどうかだ。その決断を――自分の定めたルールを守るか守らないか。どちらになったところで、どちらかのわたしであるわたしが生まれるだけで、わたしは全く揺らがない。このわたしは何を選んだってこのわたしだ。

 だからすべからく自由であるはずだ。

 なのに……労働に従事し始めてからきらめきを発見することが減ってしまった。以前は朝露に濡れた葉っぱや、川底に張り付くタニシ、列になって川を流れていく鴨などの中にきらきらと輝く何かを発見することができた。きらめきを発見するにはぼーっとする時間が必要だ。

 無為に時間を過ごしているかのような何もしていない時間。

 その時間こそがきらめきを作り出している。同じ風景でも足早に通り過ぎる時とじーっとそこに居るときでは見えている景色が変わる。

 風が服やスカートを揺らす感触、指先の汗ばみ、看板の色落ち、行き交う人の靴音、自分の呼吸音と鼓動、動いているものと止まっているもの、わたしがここに存在しているという気づき。

 わたしはここにいる。

 自分の存在を自覚するような感触は、とても些細で細やかな瞬間がもたらしてくれるはずだ。

 しかしどうしたって、きらめきはきらめき続けてはくれない。この日常の忙殺がきらめきを余計に輝かせてくれるのだ。きっと、ずっときらめいてなんてくれない。わたしが自分の存在さえ忘れて、周りのことなんて全く見えていないくらいに労働にならないと、きらめきは現れないのだ。

 きっと、そうだ。そうに違いない。そうじゃないと、わたしは……。

 世界が常にきらめき続けて見えるような人がいたら……わたしはとてつもなく醜く嫉妬する。

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