ミムラスとキンセンカ

丹花水ゆ

第1話

「好きです。付き合って下さい。」

必死の思いで告白したが、彼は無表情。何を思っているのか、全く読めない。かなり間が空いてようやく彼が口を開いた。

「あぁ、いいよ。」

それだけ言うと、彼は教室を後にして帰ってしまった。お相手は桜木直人君。勉強も運動もそれなりにできる男の子だ。いつもは本を読んだり、何かを書いたりしている。ただ、彼には一つだけ周りとは違うところがある。とても無表情なのだ。初めは恥ずかしがりか何かだと思っていたが、どうも違うようで。彼は怒るどころか笑うことさえしない。でも一年生の時からずっと好きだった。今まで言えなかったが、三年生の春、ようやく思いを告げた。ただ、無表情なものだから本当に良かったのか心配になってくる。

「とりあえず、今日は帰ってまた明日頑張ろうー!おー!!」


次の日。彼にどんな顔をして会えばいいのか分からなかったが、彼はいつも通りだった。授業を受け、暇なときは本を読む。そんな彼を暇さえあれば見つめる。そして、何も起こることがなく、一日が終わってしまった。放課後、彼は授業が終わってすぐに帰る。彼を追いかけてどうにか下駄箱で追いつく。

「あ、あの!桜木君、一緒に帰らない?」

「あぁ、いいよ。」

学校前の下り坂を一緒に歩く。これだけで十分幸せだが、流石に何も話さないと気まずくなってくる。何か話題を振らねば…。

「あの、桜木君。」

「直人でいい。」

「じゃあ、な、直人君…。家ってどの辺なの?」

「橘さんの家の三軒先。」

「そうなんだ。あ、私も優花でいいよ。」

「分かった。」

そして、また無言の時間が過ぎる。

「あー、猫だ!可愛い〜。」

道端に白い猫がいて、ついつい撫で回してしまった。

「優花、ちょっと貸して。」

優花、と急に呼ばれて驚いたが、とりあえず白猫を手渡した。すると直人君はカバンから購買で買ったであろうパンをちぎって白猫にあげた。白猫は嬉しそうにそのパンを食べると直人君の手にすり寄った。

「この猫知ってるの?」

「いつもここで会う。いつも何かあげるうちに懐かれた。」

「家猫…、じゃないよね。首輪無いし。あ、名前とかある?」

「名前…。つけてない。」

「私が名前つけてもいい?」

「いいよ。」

「うーんとねぇ、あ、じゃあシロは?真っ白だから。」

「いいんじゃないか。」

「じゃあ、君の名前は今日からシロね。」

ミャ〜

「帰ろう。」

「うん、またねシロ。」

ミャ〜

しばらく歩くと私の家が見えてきた。

「直人君もまた明日ね。」

「あぁ、また明日。」

帰っていく直人君を見ながら思った。直人君が猫に好かれているなんて初めて知った。また明日も知らない直人君に会えるかな。


次の日の朝。家の前にて。

「おはよう。」

「おはよう…、直人君…。」

家の前で直人君と遭遇。そういえば昨日家が近くだって言ってた。いつもこの時間に学校に行ってるんだ。今日は日直だったからだけど、早起きして良かった〜。

「一緒に学校行こう?」

「いいよ。」

しばらく歩くと昨日と同じところにシロはいた。

「シロ〜、おはよう〜。」

またもや撫で回してしまう。なぜこんなにも可愛いのだろうか。直人君はカバンの中から今回はキャットフードを取り出した。それをシロにあげるとやっぱり嬉しそうに食べて直人君の手に擦り寄った。 もうしばらく撫でていたかったが、学校があるので名残惜しいが、朝はこれにて。

「さて、そろそろ行かないと。じゃあねシロ。」

ミャ〜

二人並んで昨日降りた坂を今度は登る。今日は荷物が多い日だからいつも以上に辛い。

「荷物持とうか。」

「え、ああ、いいよいいよ。これくらい大丈夫!」

とは言ったが結局途中で持ってもらってしまった。

「ありがとう、重かったでしょう?」

「大丈夫だ。それより日直。」

「あ!そうだった。こめん、先行くね。」

教室まで一緒に行けないのは残念だけど、日直だから仕方がない。とにかく教室に急いだ。放課後。日直の仕事が長引いて遅くなってしまった。

「もう直人君帰っちゃったよね…。」

教室に戻るとまだ人がいた。ちょっと期待して戻ると直人君だった。一人教室で本を読んでいる。教室に入ってきたのに気付いたのか、本を閉じてこちらを見る。

「終わった?」

「うん、今終わったところ。もしかして、終わるの待っててくれたの?」

直人君は頷いてくれた。いくら無表情であってもこれは素直に嬉しい。

「ありがとう。あ、すぐに帰る準備するから。」

それから教室の施錠をして二人並んで下り坂を歩く。そして、シロを見つけ駈け出す。

「あ、シロ〜。」

が、すぐに手を掴まれ、後ろに引っ張られた。その先を車が通り過ぎて行く。そこは十字路でミラーもちゃんとある。しかし、ミラーを見忘れて車に気づかなかった。

「危なかった。」

「ごめん、ありがとう。」

「気をつけて。」

「うん、本当にありがとう。」

その後、シロにパンをあげて帰った。今日も優しい直人君が見られた。危ないところを助けてもらった。本当に嬉しかった。明日はどんな日かな?


それからは何事もなく、ただ日々は過ぎていった。毎日一緒に登校して、一緒に帰って、たったそれだけのことでも嬉しかった。そんなある日の昼休み。

「ね、橘さん。」

「はい?」

「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」

同じクラスの斎藤君に話しがあるからと連れられて屋上へ。ベタな…。

「で、話って何?」

「どう?直人とは。」

「どうって言われても…。別に普通だよ。」

「そう。直人の方は?」

「?直人君?いつも通りだよ?話はそれだけ?」

「いやいや、それだけじゃないけど。ところで橘さん、なんで直人が全く感情を見せないのか知りたくない?」

何を突然言い出すのかと思えば…。でも…!

「え、知ってるの!?」

「直人とは幼稚園以来の腐れ縁だし。」

「知りたいです!教えてください!」

「知ってどうするの?」

「どうするのって聞かれても…。でもでも知らないより知ってた方がいいと思うから!」

斎藤君はしばらく考えるような仕草をして、こちらを向いた。

「うん、合格。あ、もちろんタダでは教えないよ。賭けをしよう。」

「ど、どんな?」

恐る恐る聞くと、斎藤君はニヤリと笑って言った。

「1日直人とデートしてもらう。付き合ってるなら余裕でしょ?」

「出来なかったら…?」

「直人とは別れてもらう。今まで、直人との無表情デートに耐えられたものはいない。まぁ、大概の娘はこれには耐えられないし、そのまま別れたくなるよね。君には耐えられるかな?」

確かに、直人君とのデートは嬉しいけど、無表情なものに耐えられるだろうか。ううん、今後もお付き合いして行くならこれぐらい!

「本当にできたら教えてくれるのね?」

「もちろん。できたらね。」

「分かった。今度の日曜日にデートできるか誘ってみるわ。」

「うん!頑張ってね。」

斎藤君はそう言うと教室に戻っていった。今更だが、まず誘えるかどうかが不安になってきた。想像するだけで顔が真っ赤になるのを感じる。

「やるって言ったんだしがんばろー!おー!!」

そして、放課後。いつも通り二人で一緒に帰って、シロに餌をあげて、家の前に着く。

「またね。」

「うん、また明日。」

そこでハッと思い出す。すっかり忘れてた!

「あ、あ、あの!直人君!」

直人君が足を止めてこちらをじっと見つめる。そんなに見られたら恥ずかしいよ〜。

「あのね…。今度の日曜日って予定とかあったりする?」

「…。いや、ない。」

「そ、そうなんだ!でね、二人で街にでも遊びに行ったりとかどうかな〜って…。」

言えた!直人君はこっちを見たまま微動だにしない。何か反応を…。

「あぁ、いいよ。」

「本当?!じゃ、じゃあ駅前に10時集合でどうかな?」

「わかった。」

「じゃあ、また明日!」

「また明日。」

家に入って自分の部屋に行くと、ベッドに喜びながらダイブした。

「やったー!言えた!言えた!うふふふふ。」

ゴロゴロゴロゴロ。ベッドの上を行ったり来たり。日曜日が楽しみ!


そして、日曜日。駅前に9時半には着いたが、すでに直人君は待っていた。

「ごめーん、待った?」

「大丈夫だ。」

「じゃあ、行こっか。」

「あぁ。」

「どこか行きたいところある?」

すると、直人君はポケットから近くにある美術館のチラシを取り出した。何かのイベントについて書いてある。

「ここは、ダメか?」

「ううん、全然いいよ!行こう?」

美術館に向かって歩き始めると隣を直人君は歩いた。たまに肩が触れて嬉しいような。でも、歩いてる間中、無表情な直人君にか初デートにか緊張して気まずかったり。

「うわー、人多いね。」

しかも、周りはカップルばかり。私たちもか…。すると、突然目の前に手を差し出された。まさか…!

「見失ったら大変だし…。」

直人君って意外に大胆。でも、嬉しい。

「うん…。」

て、手を繋いてしまった。顔が真っ赤になっているような気がする。恥ずかしい〜。結局、美術館を出ても手は繋ぎっぱなしだった。

「さて、次は…。」

グゥ〜。

「〜!」

手を繋ぐよりももっと恥ずかしい。

「昼ごはん?」

「うん…。そうだね…。」

と言うことで、次はお昼ご飯ということで近くのカフェに向かった。私たちは日替わりのパスタランチを頼むことにした。頼むと10分くらいですぐにパスタランチはきた。

「では、いただきます。」

「いただきます。」

今日は牛肉ととネギの醤油ソースだった。

「う〜ん、美味しい!」

気がつくと、直人君がこちらを見ていた。

「私の顔に何か付いてた?」

試しに頰を触るが何も付いていないようだ。

「いや、幸せそうに食べるなって思って。」

見間違いだろうか。少し笑ったような気がした。

「美味しい。」

「でしょ〜?この味付けはなかなか微妙なさじ加減が必要なの。それが素晴らしく出来てるからこの美味しさなのよ。あとそれから、この麺も茹でたあとお客さんに…。」

そこでようやく気がついた。あ、思いっきり語ってしまった。引かれたかな…。直人君を見ると怪訝そうにこちらを見ていた。

「どうしたの?」

「ううん、なんでもない。ごめんね、私ばっかりお話ししちゃって。」

「いや、いい。料理が好きなのか?」

「うん、好きだよ。家じゃ料理はよくするし、将来はその道に進みたいなって思ってる。」

「食べてみたい。」

「え?」

「優花の料理。」

もしかして、直人君って意外に肉食系…?結構グイグイ攻めてくるような…。

「う、うん、いいよ。今度機会があったら作ってあげる。」

その後、デザートのケーキを食べ終えると勘定を済ませようと財布を取り出す。が、直人君はそれを制止した。

「いい、俺が払う。」

「で、でも悪いし。」

「いや、いいよ。」

「でもでも…。」

直人君はそこで考えるような仕草をして、顔を上げた。

「なら、500円だけお願い。」

代金は2500円だったので、もうちょっととは思ったが、これ以上言うと困らせてしまいそうなので、言わないでおくことにした。外に出ると直人君が忘れ物をしたと店内に戻っていった。

「なあなあ、そこのお嬢ちゃん。今一人?」

振り返ると男が三人ほど近づいてきた。

「よかったら、俺らとそこのカフェでお茶しない?」

「す、すみません、待っている人がいるので…。」

「えー、いいじゃん!ちょっとだけだからさー。」

無理やり手を引いて連れて行こうとする。怖くて動くことができなかった。

「いってぇ!」

突然、三人の中の金髪の男が手を抑えて痛がっていた。見ると、直人君が相手の手をひねり上げている。

「な、なんだてめぇ!」

直人君は無表情。でも、いつもの表情とは少し違うような…。怒ってる?

手を離すと三人で直人君を取り囲んだ。

「なめてんじゃねぇぞ!」

一人が飛びかかった。が、直人君はその腕を掴み、いわゆる一本背負いを披露した。他の二人も同様に一本背負いの餌食になった。

「くそう…。調子に乗りやがって!」

もう一度向かって来ようとしたが、それを背後から現れた赤毛の男に止められた。

「あ、兄貴!」

「やめておけ。奴は隣町の桜木直人だ。お前らじゃ太刀打ちできん。」

「桜木直人ってあの桜木直人っすか?!」

「そうだ。あの桜木直人だ。奴はかつて、三十人を相手にコテンパンにした。その時はまた小学6年生だったか。」

三人とも悔しそうだが、勝てないとわかってか、大人しくなった。

「ということだ。そちらも手を引いてくれるな?」

「もとよりその気はない。」

「なら、結構。帰るぞ、お前ら。」

そのまま四人は去っていった。

「助けてくれてありがとう。」

「怪我はない?」

「うん、大丈夫。」

でも、直人君の過去を知った。それも決して明るい楽しい記憶ではない。気にならないと言ったら嘘になる。そんなことを思っていると、

「気になる?」

「な、何が?」

「さっきの話。」

「うん…。」

気づかれていたようだ。

「少し歩こう。」

「うん。」

今度はこちらから手を繋いでみた。ドキドキしたが、普通に繋いでくれたので嬉しかった。しばらく歩くと公園が見えてきた。ちょうど、ベンチが空いていたので座ることにした。

「驚くかもしれないけど、驚かないで聞いてほしい。俺は一度人の命を奪ったことがある。それも母親の、だ。母親はいつも優しくて、でも、ある日突然、俺と父親を殺して、俺も殺そうとしたんだ。必死に抵抗している間に母親の持っていた包丁を奪って刺してしまったんだ。」

家族に裏切られ、その上、母親を殺してしまった。それで心が壊れて感情が働かなくなった。直人君はそう語った。今は親戚からも離れて、一人暮らししていることなども話してくれた。

「そう…、たったんだ…。」

正直に言ってかなり衝撃的だった。かなり驚いた。でも、直人君は怖がってるんだ。周りの人を警戒して、壁を作って。

「ごめんね、辛いことを思い出させちゃって。」

いつの間にか、直人君を抱きしめていた。

「直人君にこんなこと言うのは無責任なんだろうけど、大丈夫だよ。私は裏切ったりしないから。」

「あぁ、ありがとう。」

「夕日綺麗だね。」

「あぁ。」

その後は手を繋いで、家に帰った。そうでもしないと、私の方が安心できなかったから。

「じゃあ、また明日学校で。」

「また明日。」

次の日。朝、家を出ると直人君が待っていた。

「おはよう、優香。」

これまた気のせいかもしれないけど、少し口数が増えたような雰囲気を感じた。

「おはよう、直人君。」

二人で学校まで歩く。途中でシロに餌をやり、坂を登る。教室に入ると斎藤君が近づいてきた。

「やあやあ、お二人さん。なかなか進展したようですなあ。」

「やっぱりお前か。」

「はてはてなんのことやら。」

直人君が斎藤君を睨んだ。ような気がした。

「あ、で、賭けの話なんだけど…。」

さらに睨んだ。ような気がした。

「その…、もう教えてもらったの…。」

「そう。なら、大丈夫そうだな、直人?」

「よけいな真似を…。」

さらにさらに睨んだ。ような気がした。

「もういい。」

直人君はそのまま席に向かってしまった。

「あらあら、拗ねちゃった。でも、本当にありがとうね、橘さん。」

「何が?」

「あいつはずっと一人だったんだ。これである程度寂しくなくなると思うから。そばにいてあげてね。」

「うん。」


その数日後。

「桜木—!は風邪で休みだったな。」

担任の出席時に直人君は風邪だとわかった。朝から会えなかったから心配だったが、あとでお見舞いに行こう。放課後、斎藤君も一緒に直人君のお見舞いに行った。

「ここ?」

「そ。ここ。」

インターフォンを鳴らす。するとすぐにパジャマ姿の直人君が出てきた。

「お邪魔しまーす。」

「直人、大丈夫か?お前が風邪引くなんて珍しいな。なんか食べたか?」

「いや、何も…。ゴホッゴホッ。」

熱さまシートにマスク。薬も机の上に置いてある。完全に風邪をひいているようだ。

「あの、キッチン借りてもいい?」

「あぁ、ゴホッゴホッ。」

とりあえず、ベッドに寝かせておかゆ作りに取り掛かった。

「ほっほう〜、橘さんの手料理か。よかったな。」

「吐かないようにしなきゃな。」

「はい、できたよ。熱いからゆっくり食べてね。」

冷ましてから一口食べる。

「美味しい。」

「良かった!」

「本当に美味しそうだな。」

「斎藤君も食べる?」

「いいのか?」

斎藤君のぶんもよそって、持ってきた。

「いただきまーす。う〜ん、美味しい!橘さんは料理上手だね〜。羨ましいな、おい。」

少し恥ずかしがっている、ような気がした。食べ終わって、お皿を洗って、振り向くと、直人君が斎藤君と楽しそうに話している、ように見えた。直人君は表情の変化が読み取りにくい。だが、そんな風に見えるのはあながち間違いでもなさそうだ。

「じゃあ、俺はそろそろ帰るわ。」

「あぁ、ありがとうな。」

「お二人さんの邪魔はできないからね〜。」

また睨んだ、ような気がした。

「私はもうしばらく居ようかな。」

「ごゆっくり〜。」

まったく、斎藤君は…。

「一つ、頼んでもいいか?」

「何?」

「眠るまで手を握ってくれない?」

やはり、直人君は肉食系に近いのだろうか。普段とかなりキャップがある。

「うん、いいよ。」

しばらく握って居ると、安心したように静かな寝息が聞こえ始めた。今後はどうなるのだろう。私に直人君を支えていけるだろうか。心配だかやってやるしかない。

「かんはるぞ、おー!!」

小さく心の中で叫んでみた。その後は完全に眠ったことを確認して、静かに家に帰ったのだった。

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ミムラスとキンセンカ 丹花水ゆ @sabosan

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