第二十話 運命の丘
婚約が無事成立した後のある日、ビアンカはクロードの屋敷へ招かれた。この屋敷へは、彼に内緒で王妃の舞踏会準備のために来た時以来である。
一人息子の婚約をクロードの両親は大層喜んだ。前公爵夫妻という高い身分にも拘わらず、ビアンカを家族の一員としてそして将来の公爵夫人として歓迎してくれた。
「クロードが覚醒して以来、自分の息子であっても生涯を王国に捧げたものと覚悟していたのだよ。持つ魔力が大きければ大きいほどその責任も重いし、王国魔術師という公人として生きていかなければいけないしね」
「次から次へと舞い込む縁談を断り続けてきたのは、本人のささやかな抵抗かと思っておりましたのよ。でも、心の底ではビアンカ、貴女のことをずっと無意識に探していたのね、きっと」
「……私、十年前領地で初めてクロードさまの存在を感じた時には、こうして彼と人生を共に出来るようになるなんて夢にも思っておりませんでした。これも皆さまが私を支えて下さったお陰です」
「ビアンカはまだ十歳かそこらだったのだろう? 既にその歳で見も知らぬ想い人を追いかけて王都に出ようと決意したのか……」
「ジャック、恋する乙女に年齢は関係ありませんわ」
「いや、しかしだ、ミラなんかはその歳ではまだ野山を駆け回っていて、次はどんな悪戯を仕掛けようなんて事しか考えてなかったぞ」
「それは少々言い過ぎ……でもないですわね」
「その彼女も今や王妃様だ」
そこでクロードが居間に入ってきてビアンカの額に軽くキスした。
「ビアンカ、外を少し散歩しないか? この人たちがミラやジェレミーの武勇伝、じゃないな、奇談を語り出すと長くなるから適当に切り上げて」
「ええどうぞ、二人で仲良くいってらっしゃい」
テネーブル公爵家は王都の外れにあり、小高い丘のふもとに建っている。その丘に登り、二人は寄り添って王都の街を見下ろしていた。
「ここからは王都の中央部や王宮も良く見渡せるのですね」
「丁度この辺りだよ、二十年前に私が覚醒したのは」
クロードは昔を懐かしんで言った。
「まあ、そうだったのですか」
「一緒に居たミラや家の者たちが言うには、私が覚醒時に落とした黒雷はちょうどあの教会の向こう辺りに落ちたそうだが、あまり確かではないのだ。当時そこにまだ生まれる前のビアンカが居たのだね」
二人は万感の思いでクロードの指差す地点を眺めた。
「ビアンカ……」
クロードは彼女の体を引き寄せた。
「実の御両親のことは……」
「私、生みの親に対して特に感情はないのです。ボション男爵家であまりに愛されて育ったので。捨てられたのが教会前で、ちゃんとジェラール牧師さまに見つけてもらえて運が良かったと思っています」
クロードは言葉が見つからず、ビアンカの頭頂にキスをした。
「南方の国へ向かった旅の者ではないか、と言われているのです。ボションの町にそれらしき一行が居たと聞きました。ただでさえ体が弱かったのですから、きつい冬の旅の途中もしものことがあったかと思うと……ほ、本当に良かったです」
クロードはたまらず言葉に詰まるビアンカをきつく抱きしめた。彼女は涙に濡れた顔で愛しい人を見上げて続けた。
「もし元気に育ったとしても遠い異国からだと、クロードさまを見つけて出会えるのがもっと遅くなっていたかもしれませんね。でも、どんなに遠く離れていても、どんなに年月がかかろうとも、私はきっと貴方の元へ参っておりましたわ」
「私を見つけてくれてありがとう、ビアンカ。またここへは時々来よう」
クロードまで涙声になってしまっていた。その後屋敷に戻った二人はルイーズとジャックに覚醒した丘の上まで行ってきたと報告した。
「あれからもう二十年か……良かったなあ、クロード」
「長い間待った分だけ幸せになりなさいね」
四人で再び感慨にふけったのだった。
婚姻の儀は翌年の春まで到底待てないと言うクロードの一存というか、ゴリ押しで秋の収穫祭後に決まった。高位の貴族の結婚としては異例の早さである。
「まあ、急ぐ気持ち分かるわよ。昔気質なアンタのことだから式を挙げるまではビアンカに手を出さないつもりなのでしょ? キスと少々のお触りだけじゃ来年まで我慢できないわよねー」
クロードは王妃にこうからかわれブスッとして黙り込み、レベッカはいつもの様に顔を青ざめさせていた。
花嫁の付添人はすぐアメリに決定した。そして花婿側の付添人は結局王妃がジェレミーを任命することになった。誰か一緒に付添人を務めたいような人が居るのか、と王妃に聞かれてもアメリが口を割らなかったためである。ジェレミーは全く気の乗らない様子だったが、姉である王妃には逆らえないらしい。
そしてビアンカはルクレール家の養母テレーズと共に式の準備に追われ、夏はあっという間に過ぎて行った。そして秋も深まった頃、ビアンカの母親スザンヌが南部から出てきた。
『お母さまだけでも嫁ぐ前のお嬢さまとゆっくり過ごす時間が取りたいでしょう、是非いらしてください』
テレーズの粋な計らいである。
ビアンカはもちろん、アメリもスザンヌとの再会を喜び、女性達は式の準備に買い物にと大いに楽しんだ。式の一週間前には南部の領地で収穫が一段落したボション男爵一家が全員王都に揃う。初めて訪れる王都にビアンカの妹二人と弟は興奮冷めやらない様子だった。
婚姻の準備や仕事の合間を縫って、家族に王都を案内したり毎年盛大に祝われる収穫祭の見物をしたり、ビアンカは嫁ぐ前の充実した日々を過ごすことができた。
ビアンカは正式に婚約してから眼鏡を外し、少しずつ外見を本来の姿に戻し始めていた。結婚後は偽らない自分自身の姿で生きていくことに決めたからである。
「お姉さま、王都は陽射しが強くないからですか、かなり色白になられましたね」
ビアンカが魔法により外見を変え始めた頃にはまだ幼かった妹と弟達は姉の元の姿を覚えておらず、再会時に驚く始末であった。
再び元の姿に戻れるなど夢にも思っていなかったビアンカは感慨ひとしおであった。婚姻間近には彼女の髪は少し濃いめの金髪に、目は明るい茶色にまで戻っていた。
「クロードさま、私とても幸せです。王都に来たばかりの頃はこんな幸福が待っているとは夢にも思っていませんでした」
「今の私たちの幸せは全て貴女のお陰だ」
そしてクロードは彼女を抱きしめ色素の薄くなった彼女の髪に顔を埋めるのだった。
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