第十九話 惚気


 ビアンカが王宮の宿舎を引き払い、ルクレール侯爵家に入る日が来た。アメリはビアンカと会える機会が更に減ってしまって寂しかったが、親友として殊更喜んでくれた。


「大恋愛の末に結ばれて、なんてロマンチックなの!」


 アメリに軽く抱擁されたビアンカは一人心の中で呟いていた。


(私には見えるわ。アメリ、貴女ももうすぐ想う方と結ばれるのよ)


「アメリ、貴女には婚姻の儀で是非私の付添人をして欲しいわ。貴女しか考えられないもの」


「ええ、もちろん。光栄だわ」


「男性の付添人は誰でもいいってクロードさまがおっしゃるのね。どなたか一緒に務めたい方いらっしゃる?」


「まさか、とんでもないわ! テネーブル家とルクレール家で決定することでしょう?」


 その後花婿側の付添人選びには王妃が首を突っ込んできて、後日少々揉めることになったのである。




 ビアンカは毎朝ルクレール家から王宮に通うことになった。未だ魔術師として正式に認められてはいないものの、少しずつ魔法石や魔術具の作成や研究の手伝いも任されるようになっている。


 フォルタンによると魔術師登録書類が認可されるのも時間の問題のようだった。王国中探してもクロードの黒雷を止められる魔術師は他に居ないのは魔術塔全体が知っている事実であった。




 ビアンカはフォルタンに時々貴族学院魔術科での授業の聴講を勧められていた。初めてビアンカが貴族学院へ行った時のことである。彼女は授業の後に学院の図書館に寄り、何冊かの魔術書を借りるつもりだった。


 ビアンカの通っていた一般侍臣養成学院よりも立派で広い校舎内で彼女は少々迷ってしまう。そこで腕に本を抱えた男子学生を見掛け、同じく図書館に向かう彼に案内してもらった。


 ビアンカは彼にお礼を言い、二人で図書館に入った。


「あーら、アントワーヌくん、いらっしゃい」


 彼は入口に居た司書の女性に会釈をし、手に持った本を返却していた。ビアンカは司書の彼女に尋ねた。


「私ビアンカ・ボションと申します。王宮魔術塔の職員なのですが、こちらの利用は初めてです。何冊かの本を薦められたのですが……」


 名乗った時にアントワーヌがはっとして振り向いたような気がビアンカはしたのだが、彼はそのまま図書館の中へ消えた。


「魔術書って、私何がどこにあるか全然分からないのよねー。今貴女と一緒に来た美少年なら良く知ってるわよ」


 フォルタンが書いてくれた本の題名をビアンカが見せるまでもなく、司書のくせに頼りない彼女だった。


「ちょっと待ってね。多分法律書の方へ向かっていたから……アントワーヌくーん! ちょっとちょっと!」


 彼女はアントワーヌが消えた書棚の後ろへ回り彼を呼びつけている。


 図書館内にしては少々大きすぎるその声に気づき、こちらに戻ってくるアントワーヌを見ながら彼女はビアンカに同意を求めた。


「可愛いわよね、彼。素直な年下もいいと思わない?」


「えっと……」


 ビアンカが何と言っていいか迷っているうちにアントワーヌが戻ってきた。


「ねえアントワーヌくん、このお姉さんを魔術書の塔へ案内してくださる? 何冊か読みたい本があるのですって」


「はい、構いませんよ。こちらです、ボション様」


 ビアンカは先程近付いただけで彼が魔力を全然持たないということが分かっていた。ということは彼は魔術科の生徒ではないのである。司書よりも魔術書に詳しいとはどうしてかとビアンカは不思議だった。


「先程私が名乗ったのを聞いておいでだったのですね。改めてビアンカ・ボションです」


 ビアンカは案内されながら小声で話した。


「それもありますけれど……私はアントワーヌ・ペルティエと申します。ボション様はテネーブル教授の『片割れ』でいらっしゃるので存じております」


「まあ、私のことがそこまで知れ渡っているなんて……」


「いえ、学生では多分私だけです。ですから今のところ教授からボション様のことを色々聞かされているのも私だけでしょう」


「やだわ、クロードさまったら……」


「以前の教授なら考えられません。一学生相手にノロケ話をされるなんて」


 アントワーヌはそこでにっこり笑ってビアンカを見、彼女は絶句して真っ赤になってしまった。


 アントワーヌに連れられて行った魔術書の塔は、一番天井の高い吹き抜けの間で、天井まで届く書棚にぎっしりと本が配されている。宙にゆらゆらと浮かんでいる書物も多数あった。


「お察しの通り、私は魔力を持っておりませんので、お探しの本のだいたいの場所は教えて差し上げられますが……」


「大丈夫です。私もあまり得意ではないですが、移動魔法も少しは出来ますので」


 こんなに高い場所まで本があり、しかも梯子もない状態では司書が魔術書を探してくれないのも理解できる。移動魔法で自分が浮遊するか、本を自分の所まで取り寄せることのできる魔術師でないと閲覧も無理だった。


 とにかくアントワーヌのお陰で探している本が全て見つかったので助かった。その後図書館で勉強すると言うアントワーヌと別れ、ビアンカはクロードの教授室に向かった。その日は彼も学院で教鞭を取っていて、午後の授業が終わり丁度部屋に帰ってきたところだった。


「クロードさま、先程アントワーヌさんと言う学生の方に図書館を案内していただきました。初対面の彼に私のことはクロードさまから色々と聞かされているので、と言われ驚きましたわ」


「最初に言い出したのはアイツの方だ、運命の『片割れ』を見つけたのですねって」


「それで私のことをお話しになったのですか」


「いや、だって聞きたそうにしているから」


「それは違います。公爵で教授のクロードさまに無理やり聞かされたのでしょう? どんなことをお話しになっているのですか?」


 ビアンカは思わず詰問してしまった。


「ビアンカが如何に可愛いか、とか……」


「いやだわ、恥ずかしい。もうお止め下さい。お願いします」


「……分かった」


 ビアンカにこうして叱り口調でたしなめられるのも実は嬉しいクロードだった。



***ひとこと***

図書館内ではお静かにお願い致します。

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