第二十一話 婚姻


 婚姻の儀の当日がついにやってきた。朝、花嫁の支度を済ませたビアンカを見て、養父アルノー・ルクレール侯爵は上機嫌である。


「もう一度花嫁の父親が出来るとはなんと素晴らしいことだろう、しかも何の心配もなく。ミラが陛下に嫁いだ日は何かまたあの娘が問題を起こさないかと気になって胃が痛んで……まあ彼女が小さい頃から色々と引き起こした騒動を思い出すと油断出来なかったからね……」


 ビアンカが侍女に聞くと、ミラ王妃の婚姻当時のことをかいつまんで教えてくれた。


「結局式はまず滞りなく進んだそうなのですが、旦那さまの心配される様子は見ているこちらの方がお気の毒に思えるくらいでございました。心配のし過ぎでお腹を下されたとか……フロレンスさまのご婚姻の際は打って変わって安心されていて、本日と同じ事をおっしゃっていました」




 その時ビアンカの脳裏に、アルノーが婚礼衣装を着た女性と腕を組んで祭壇まで歩いている姿がちらりと浮かんだ。しかもアルノーはボロボロ涙を流しながらである。この花嫁は自分ではないということが分かったビアンカだった。もう少し先の未来のようである。


(ルクレールのお養父さま、近い将来あと一回だけ花嫁の父の機会が訪れますわよ、それも今まで以上に素晴らしい式のようですわ)


 ビアンカは一人微笑んだ。




 準備も万端に整い、純白の花嫁衣装に身を包んだビアンカはアルノー、テレーズ夫妻らと共に馬車で大聖堂へ向かった。ビアンカが大聖堂正面で馬車から降りようとすると、ボション男爵夫妻が外で待っているのが見えた。


「本当はボション男爵が貴女と祭壇前まで一緒に歩いて行きたいだろうけどね、形式上現在の養父である私がこの名誉ある役目を遂行しないといけないから」


 ルクレール侯爵はポール・ボション男爵が階段を上って正面入口までビアンカと腕を組んで行くように計らってくれたのだった。階段をポールと共に上った後ビアンカは両親を交互に抱きしめた。


「お父さま、お母さま、今まで育てて下さってありがとうございました」


 そのビアンカの言葉にポールは涙をこぼし始めた。


「私たちの小さなビアンカがこうして幸せになれて……」


「ビアンカ、とても綺麗よ」


 ポールは後の言葉が続かなかった。スザンヌはポールの背中をそっと押しビアンカに微笑むと二人で大聖堂へ入っていった。




 そして花嫁のビアンカはアルノーに伴われて大聖堂へ入場する。祭壇に向かっている途中、アルノーが少し足を止めたのでビアンカが彼の方へ向くと苦虫を噛み潰したような顔でビアンカだけに聞こえるように呟いた。


「あの娘が、ミラが来ている。姿を変えているが私には分かる。レベッカと共に、ほらあそこ。昔から変幻魔術だけは得意だったのだ。胃が痛くなってきたぞ。立場を弁えろ、しかも身重の体で……」


「えっ、まぁ本当に。『クロードの晴れ舞台を見逃す訳にはいかないわ! こっそり式には行くわよ!』と仰っていたのはご冗談かと……」


 空いた方の手で胃の辺りを押さえているアルノーとビアンカににこにこしながら手を振る、地味な年配の女性になりきっている王妃がいた。王族はまず臣下の婚礼には出席しないのが習わしだった。


 式だけ見てすぐ王宮に戻る約束で、ミラもきちんと陛下の許可を得てはいたというのを後日知った何とも気の毒なアルノーである。


「あの娘はいくつになっても、王妃になって母親になっても心配ばかりさせおって……」


 まだぶつぶつ言っているアルノーと共にビアンカは魔術師の正装をしたクロードの待つ祭壇の手前まで進んだ。




 司祭により二人は結婚の誓いを立て、ビアンカのベールを上げたクロードが彼女に軽く口付ける。


「ビアンカ、長い時を経て私を見つけ出してくれてありがとう。貴女の勇気と行動力のお陰で今日のこの日を迎えられることが出来た」


 クロードは感動で声を詰まらせた。


「こうして正式に身も心も貴方さまのものになれる日が来るとは夢にも思っていませんでした」


「そして私は貴女のものになったのだよ」


 そう言うなりクロードは新婦をきつく抱き寄せ再び口付けた。


「あのクロードが涙ぐんでいるわよ。無理言って来て正解ね。あらやだ、私まで涙が出てきてしまったわ」


 年配の女性になりすましたミラ王妃は涙を拭うのだった。


 他にはビアンカの育ての父親ポール、フォルタン総裁はもちろんのこと、一人息子がやっと結婚したジャック・テネーブル前公爵、魔術師ノルマンまでもつられて泣いていた。




 晴れて夫婦となった二人が大聖堂から出てくると、屋根から百羽近い白鳩が一斉に飛び立った。二人の門出を祝うためにビアンカを知る動物たちが今日の為に呼び寄せたのだった。


 この日王都に住む人々の多くは、珍しい白鳩が群れをなして青空を飛んでいる光景を、目を丸くしながら眺めていた。

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