第十六話 口付け
ビアンカとクロードは玉座の前まで行き、国王夫妻に深くお辞儀をした。
「お招き頂き大変光栄に存じます」
「ビアンカ、とっても綺麗よ」
「君たちね、先ほど二人の世界に入ってしまって周りが見えてなかっただろう。今晩の主役の座を完全に持って行かれたね」
「こうなることは分かっておりましたわ、陛下。準備期間から十分過ぎるほど楽しめました。さあビアンカ、一度ジャックと踊っていらっしゃい」
そしてビアンカはジャックと一曲踊り、その後は曲が終わるのも待ちきれないといった様子のクロードにかっさらわれて二人で踊っていた。
王妃は近くに控える近衛騎士の一人を呼んだ。騎士道大会で優勝したリュック・サヴァン中佐である。
「サヴァン中佐、ここの警護はいいからクロードがあの子を人気のない所に連れ込まないよう張り付いてなさい」
「要するに二人きりにさせなければ良いのでしょうか? それでは私があの美しい方をダンスに誘ってもよろしいですか?」
「よろしいわよ。命が惜しくなければね。でもちゃんと生きて任務は全うなさい」
リュックは一礼して、大広間中の注目を浴びている二人に向かっていく。その姿を見ながら国王は笑いをかみ殺している。
王妃の予想通り、クロードは一曲踊り終わった後にビアンカとバルコニーに出ようとしていた。そしてその後ろにはリュックが着いていた。
「おい、お前何でついてくる?」
「私もこんな野暮な真似は不本意なのですが、王妃さまの命とあってはね。そちらの美しいお嬢さん、私と一曲踊っていただけますか? 何処かでお会いしたことはございませんか?」
「サヴァンさまは有名な方なので私の方は存じ上げております。今までも王宮内では何度もお目にかかっておりますが、今日の様な豪華なドレスを纏ってはおりませんからお覚えでないのも仕方ございませんわね」
「とにかくお前の出番はない。おととい来い」
ビアンカと王宮内のどこで会っているのかどうしても思い出せなくてポカンとしているリュックを置いて二人はバルコニーに出た。少し離れた扉の所で見張っている彼には聞こえないような声で話し始める。
「馬鹿だな、あいつも。王太子の警護なのだからビアンカには何度も会ったことあるのは当然だが。それでもビアンカ、やたらサヴァンには手厳しくないか?」
「いつもの冴えない侍女姿の私でさえ『ねえ君、南部出身なの?』と声を掛けられたことがございます。学院で直されましたが、侍女の職に就いた直後はまだ南部訛りが残っていたのです」
「もう訛りはほとんど分からないけどな」
「ええ。サヴァンさまが別に何人もの女性を誘おうがご自由ですけど、彼のことを想っている友人が報われないような気が致しましたから。例の眼鏡を勧めてくれた彼女なのですけど」
「じゃあそのご友人の為にあいつに惚れ薬でも盛ってやるとするか」
「必要ないと思います。私が思うに、相思相愛の様なのですが二人ともお互い素直になれないみたいです。何かちょっとしたきっかけでもあればいいのですが」
「だったら自白剤と睡眠薬だな」
「まあ、クロードさま、自白剤だなんてそんな恐ろしいものが存在するのですか?」
どうして睡眠薬まで必要なのかと疑問に思うビアンカだったが聞かない方がいいような気がしていた。
その時ドーンと大きな音がして王宮の庭から花火が上がった。
「まあ綺麗! さすがに王宮から見るとこんなに近いのですね」
クロードはリュックの方をちらりと盗み見て、ビアンカの方に向き直った。
「ビアンカ、邪魔者の居ないもっと綺麗に見える所へ行こうか。ちょっと失礼」
そしてそう言うなりビアンカを横抱きにかかえる。
「ええ。きゃっ!」
その彼女の声に慌てて駆け寄るリュックにニヤリと笑い、パッと彼の目の前からビアンカと共に
クロードはビアンカを抱えたまま本宮の一番高い塔の上に瞬間移動し、彼女を床にそっと降ろした。
「驚かせてしまったかな。ここだと誰も来ないし、ほら花火も良く見える」
「ええ、びっくりしました。わあ、本当に素敵、ここは特等席ですね」
さて焦ったリュックだが、どうすることもできず王妃のところへ舞い戻り報告していた。
「大変申し訳ありません」
「アイツが瞬間移動出来ることを失念していたわ。しょうがないわ。サヴァン、ご苦労さま」
瞬間移動はクロードのような高級魔術師しか使えないのだった。そのクロードでも良く知った場所、王宮内かせいぜい王都内の近場へしか飛べない。
「大魔術師さまには誰も敵わないね。ミラが二人を見張らせたりするから、かえって逃げられるのだよ」
「あの一つよろしいですか? あの美しいご令嬢、私には何度も会ったことがあるとおっしゃっていましたが一体どなたですか?」
国王夫妻は顔を見合わせて笑い、さも可笑しそうにそれぞれこう言った。
「教えなーい」
「そのうち分かるよ」
その頃、彼らの遥か頭上、塔から仲良く寄り添って花火を見ている恋人二人が居た。
「ビアンカ、こっち向いて」
満を持してクロードが彼女の肩に手を置き二人向かい合う。そして彼は右手でビアンカの頬を優しく撫で顎に指をそえた。
二人の唇が重なったのは一際大きい花火が上がったのと同時だった。
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