結婚

第十七話 求婚


 舞踏会が終わるとすぐ、ビアンカは魔術院副総裁室専属になった。クロードの執務室で勤務するとき以外はフォルタン総裁の手伝いもしていた。



 フォルタンはビアンカの魔力の強さを測り、能力を記録に残すことに力を注いでいた。次回百年後、二百年後にクロードとビアンカの様な例が現れないとも限らないのである。フォルタンにしてみれば後世への置き土産とのことだった。




 そんなある日、朝一番の出勤前にビアンカは王妃に呼ばれた。何の急用かと思い急いで駆け付けたビアンカに王妃はこう尋ねる。


「ビアンカ、貴女もうすぐ二十歳でしょう。そろそろと言うよりもとっくの前から結婚を考えていてもいいわよね」


「え、縁談でございますか? それだけは王妃さまの命とは言えども、どうかお許しくださいませ! 私一生誰にも嫁がずクロードさまにお仕えしとうございます」


 ビアンカはそう言い深く深く頭を下げた。


「あのね、大きな誤解がある様なのだけど。私はそのクロードさまに嫁ぎなさい、と言っているのよ!」


「そ、そんな恐れ多いこと……」


「クロードが陛下に相談されたのね、貴女とここで対面してまだ数日しか経ってない頃よ。正式に妻として迎えたいと」


「本当でございますか?」



「男爵家から公爵家に来てもらうには、身分差があり過ぎてあれこれ憶測を呼ぶものだから……例えば婚姻前に既に間違いが起こったとかね。誰にも文句を言わせず後ろ指差されない確固とした後ろ盾を築いてから貴女と祭壇の前に立ちたいのですって」



 ビアンカはもう既に涙を堪えるために瞬きの数が増え、唇はふるふると震えだしていた。


「だいたい、アイツの立場だったら望めば何でも直ぐに手に入れられるのにね。貴女の名誉の為に、周りから貴女が愛人や妾と呼ばれるのは絶対避けたいのだそうよ」


「私、あの方のお側に居られるなら侍女でも妾でもなんでもいいのです」



「アイツはそれじゃだめなのよ。その為に貴女を我がルクレール家の養女に迎えて、侯爵家から嫁がせることを提案してみたのよ。うちの両親は大賛成、むしろ父なんかもう一度花嫁の父親役が出来ることを喜んでいるのよね。しかも貴女が常識を弁えたおしとやかな令嬢だからなおさら」



 後ろに控えたレベッカが大きくうなずいている。


「まるで私がそうじゃないみたいな言い方だけど……まあ私も妹と違って小さい頃から両親を手こずらせていたから仕方ないわね。レベッカ貴女、先ほどから激しく同意しているでしょ!」


「い、いえ私は何も……」



「養子縁組の書類に司法院の許可が下りるのに時間が少々かかっていたのが、昨夕にやっとこの書類を受け取ったわ。何でも貴女が男爵家の実子じゃなくて養女だから、前例がないとかでぐずぐず言い出した輩が居て滞っていたのですって。陛下にお願いして司法院の担当部門を脅してもらいました。大魔術師の機嫌を損ねると王国の大損失だって」



 国王夫妻、何気に権力を笠に怖いことをしているのだった。



「今までクロードに口止めされていたのだけど、めどが立ったら私から養女の件は貴女に知らせるという約束だったのよ。勝手に話を進めないで貴女の意思も尊重したら、とも言ってみたのだけどね。もし貴女が養女の件を辞退したいのだったら書類が揃っていようがそれはそれで構わないそうよ」


「わ、私、両陛下やクロードさまにそこまでして頂いて……」


 ビアンカはもう堪えきれず感極まって、言葉にならずただハンカチでぽろぽろ流れる涙を拭うのみだった。



「貴女の立場でここまで周りを固められて、どうやって辞退するって言いだせるわけ? 強引よねぇ。でも私個人としては貴女を妹として呼べることを大変嬉しく思います。どうかクロードを幸せにしてやって頂戴」



「はい、大変光栄です。お、王妃さまありがとうございます」


「私までもらい泣きしちゃうじゃない。身篭っているからかしら、すっかり涙脆くなってしまったわ」


 そしてレベッカに渡されたハンカチで王妃も目元を押さえた。


「クロードも朝一番に呼んでいるからそろそろ来る頃よ」


「はい。今西宮の入り口辺りにおられるようです」


「レベッカ、お茶をいれ直して頂戴。喋って喉が乾いちゃったわ。ビアンカ、アイツが来たら部屋に入れてね」




 そして養子縁組の書類が揃ったと聞き、上機嫌なクロードが廊下の角を曲がったと同時にビアンカは扉を開き彼を王妃の部屋に招き入れた。


「お早うございます、クロードさま」


 扉が閉まるや否や彼はビアンカを強く抱きすくめ口付ける。扉の前の護衛に口付けの場面を見られるのは一応避けたようである。


「お早うビアンカ、やっとこの日が来た、待ちに待った嬉しい知らせが聞けた」


 そしてビアンカの唇を解放し、満面の笑みを見せる。


「はい、私も今王妃さまから伺いました」


 そこでクロードはビアンカの前にひざまずかしこまって求婚した。


「ビアンカ・ボション嬢、どうかこの私に祭壇の前で貴女の手を取る栄誉をお与え下さい。そして私を王国一の幸せ者にしてください」


「はい、ジャン=クロード・テネーブルさま。以前から私は貴方さま以外の誰にも嫁がない、と決めておりました」


「ああビアンカ、愛している」


 そしてクロードは立ち上がりビアンカを再び抱き締めその場でくるくると回り始めたから彼女の両足は宙に浮いてしまう。


「きゃっ、クロードさまったら、もう!」


 そしてくるくるし終えると、王妃の居室だというのにクロードは再びビアンカに口付けをし始めた。


「ハイ、そこ! いつまでもイチャイチャしてないでさっさとこちらに来なさい。もう、ラブラブなのはいいけれども、二人して周りが見えなくなるのだから!」

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