第十四話 姿絵


 舞踏会の日までビアンカは午前中にドレスの生地選びや採寸のため、王妃の部屋に伺うことが多くなった。ダンスの復習もさせられ、その上王妃は絵師を居室に呼び、ビアンカの姿絵も描かせていた。


 彼女はもう午前中はほとんど王太子に仕えることが出来なくなっていた。ビアンカの代わりにアメリが王太子付きの侍女に配属され、ビアンカは舞踏会後、完全に朝から副総裁室勤務になる予定だった。




 ビアンカの姿絵がほぼ完成する頃、王妃はクロードを呼びつけた。


「今度の私の生誕祝いの舞踏会に貴方も出席なさい」


「断る」


「レベッカ、あれをこちらへ。ふうん、アンタが舞踏会に出席してくれるのだったらこれをあげようと思っていたのだけど、嫌だと言うのなら誰か他に譲りましょうね」


 王妃は持ってこさせた完成間近の肖像画の掛け布をちらりとまくりビアンカの顔の部分を少しクロードに見せた。


「な、何だと! そ、それを他の誰にやると言うのだ!」


 慌てたのはクロードである。


「そうよねぇ、アンタが自宅の寝室に飾って自らを慰めるのに使うのが一番の有効利用よねー」


「ヒィー!」


 レベッカは裏返った小さな悲鳴をあげ、クロードの反応が怖くて顔を青ざめさせた。王妃の言葉はレベッカの心臓に非常に悪かった。彼女は寿命が大幅に縮まった気がしていた。


 しかし、そのレベッカも怖いもの見たさで恐る恐るクロードをちらりと見ると……彼は無言で顔を赤くしてそっぽを向いている。


 王妃の言葉は図星だったようである。レベッカの心臓に更に負担が掛かりそうだった。


「分かった。舞踏会へは行くから、くれ」


 王妃はにやりとした。


「商談成立ね。舞踏会へは伯母さまをエスコートして頂戴。伯父さまは当日何か陛下の命を受けているみたいなの。それから伯母さまが貴方の新しい礼服を仕立てているところだから舞踏会へは絶対それを着て行ってね、よろしく。舞踏会では伯母さまと一曲目、私と二曲目を踊ること」


「了解だ。絵は今持って行ってもいいか?」


「まだ完成してないの。舞踏会の翌日に渡すわ」


「じゃあもう少しだけ見せてくれ」


 布が取られた姿絵には桃色のドレスを着たビアンカが描かれていた。眼鏡は外しており、茶色の髪の普段の姿である。クロードは目を細め微笑みながら愛しい彼女の絵を見つめていた。


「実物の方がよっぽど可憐で美しいが、この絵師の作品もまあ悪くないな」


 彼のその言葉にレベッカは目を丸くし、王妃は呆れたのだった。




 ルイーズと王妃がああでもないこうでもないと散々悩んだ挙句、クロードの衣装は薄い灰色、ビアンカは濃いブルーグレーに決まった。今までは大抵お古を着させられる妹たちの好みも優先して赤やピンクが多かったビアンカは素直に喜んだ。


「私、こんな色のドレスは初めてです。とても立派なものをありがとうございます」


「貴女の本来の姿だと寒色系の方が似合うと思ったのよ。舞踏会が楽しみね」




 舞踏会当日はクロードの執務室にルイーズが仕立てた彼の礼服を持って訪れ支度をさせ、クロードは彼女と舞踏会に向かう予定である。


 ビアンカは仕事の後にクロードに内緒でテネーブル公爵家へ行き、そこで着替え、クロードの父親、ジャック・テネーブル前公爵に伴われて会場に到着するという手筈だった。


 ある日突然ビアンカはクロードから母親をエスコートして舞踏会へ出席することになったと教えてもらう。しかもそれが嫌々ではなく何となく嬉しそうだったので彼女は不思議に思った。彼は社交の場にはまず出て行かない人だと聞いていたからだ。


 クロードをどうやって舞踏会に引っ張り出すことに成功したか、ビアンカは王妃に尋ねてみた。


「副総裁さまが舞踏会に出ることを了承されていますけど、王妃さますごいですね、どう説得されたのですか?」


「ふふふ、簡単よ。目の前に大きな餌をぶら下げてやったのよ」


「でもあまり物欲なんてない方ですよ?」


「ほら、貴女の肖像画を描かせたでしょ。完成間近のあれをチラッとだけ見せて私の舞踏会に出てこないとあげないわよっ、て脅したらコロリと陥落したわ」


 ビアンカは恥じらい、頬を染めた。


「まあ、姿絵はその為だったのですか。王妃さまは策略家ですね」


「実は二枚同じものを描かせたの。残ったもう一枚は貴女のものよ。領地のご両親に送って差し上げなさい」


 王妃は好き勝手やっているようで実は下に仕える者への気配りを忘れない人であった。ビアンカは言葉に詰まってしまった。


「王妃さま……色々とありがとうございます。両親も大変喜ぶと思います」


「もうビアンカったら、泣かないで頂戴」




***ひとこと***

王妃さまの『舞踏会でクロードびっくり大作戦』も着々と進んでいます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る