第十三話 招待

 魔術塔での騒動の翌日、ビアンカは王妃の居室に呼ばれた。ビアンカは何事かと思ったが、ただ王妃が彼女とクロードの様子を知りたくてうずうずしていたからであった。


 ビアンカは大先輩の侍女にお茶を入れさせ、恐れ多くも王妃と向かい合って座っていることにどうしても居心地の悪さを感じていた。それに他の侍女たちの目も気になってしまい、ちらちらと周りの様子をうかがっていた。


「大丈夫よ、レベッカ以外は人払いをしてあるわ。彼女は侯爵家から私が連れてきた侍女だから、貴女の今回の移動や処遇についてどうこう言ったり、他人に吹聴したりしないわよ」


 王妃はこういう事に気が利いて手際が良い。


「前回の時もお人払いをしてくださっていたのですよね、王妃さまのお計らいには感謝いたします。それから何よりも私を副総裁さまのお側に仕えさせていただいて、ありがとうございます」


「それで貴女が来てからのアイツの様子はどんな感じ? 昨日は久しぶりに癇癪起こして大騒動だったって聞いたわよ」


「えっもうご存知でしたか? 昨日のあれは、あの、私も少し感情的になってしまいました。副総裁さまはとてもお優しいです。私自身は簡単なお身の周りのお世話しかしておりませんし、本当にお役に立てているのか不安ですが」


「レベッカ、聞いた? クロードに『優しい』なんて形容詞が使われる日が来るとはね。それだけでビアンカは役に立っているわよね」


「幼いころから公爵さまを存じ上げておりますが、私なんて怖くて目も合わせられませんもの」


 王妃に話しかけられたレベッカは控え目にこう答えた。


「そうですね。部下の魔術師の方々も口を揃えて副総裁さまは怒らせたら怖い、いや怒らせなくても怖いなんてビクビクされています」


「ところで、どこまでイッたの? チューくらいはしたでしょ?」


 レベッカがハッと息をのむ音がし、彼女の口が『王妃さまっ!』と動いたがビアンカはそもそも質問の意図もチューという俗語の意味も分かってない感じで首を傾げた。


「んー、ちょっと聞いてみたかっただけ。何でもないわ、気にしないで」


 何ともお騒がせな王妃は手をヒラヒラと振った。




 そこで扉を叩く音がし、レベッカが確認しに行く。


「あ、伯母さまがいらしたようよ。先日お話したら貴女に是非お会いしたいっておっしゃったの」


「伯母さまとはもしや、先代の公爵夫人でいらっしゃいますか」


「そう。クロードのお母上、ルイーズさまよ」


 ビアンカが心構えをする間もなくルイーズ・テネーブル前公爵夫人が入ってくる。王妃と軽く抱擁を交わした後、ビアンカはルイーズに紹介された。


「まあ話に違わず可愛らしい方ね」


「お会いできて光栄です。恐れ入ります」


「騎士道大会の翌日か翌々日でしたか、あの子が異様なほど機嫌が良さそうなので尋ねたところ『覚醒以降初めて生きていて良かったと思えたのです。父上母上、感謝いたします』なんてこと言い出すから、頭でも打ったのかと思いましたわ」


 流石に王妃と血の繋がった伯母だけに歯に衣を着せない。


「それ以来毎晩機嫌が良くって、時々鼻歌なんて歌っているものだから屋敷の使用人がかえって恐れていますのよ。私たち丁度王都に居て良かったわ。骨抜きになったクロードの観察に忙しくてしばらくは田舎の屋敷には引っ込めませんわね。おほほ」


 完全に面白がっている様子である。


「では伯母さま、来月の私の生誕祝いの舞踏会にご出席頂けますか?」


「ええ、もちろん。喜んで伺うわ」


「嬉しいですわ、伯母さま。そうだ、私いいこと思いついたわ」


「ヴグッ」


 後ろに控えているレベッカは、ヒキガエルが鳴くような小さな呻きをあげた。


「なあに、レベッカ?」


「失礼致しました。しかし、昔から王妃さまの『いいこと』は周りの人間にとって必ずしも良くはございません」


「レベッカ、貴女もこのミラに仕えていると苦労が絶えないわね」


「今回レベッカは巻き込まないわよ。ビアンカ、貴女を舞踏会に招待するわ。クロードには内緒でね」


「えっ、私をですか? そんな、とんでもございません!」


「とんでもございますわよ! クロードは無理やり理由をつけて私が引っ張り出すわ! アイツ驚くわよ! 心配無用、ドレスなどは全て私が手配するわ」


「ミラ、それ名案ね。ビアンカの衣装や小物の準備、私にさせてもらえるかしら?」


 ノリのいい伯母さまであった。


「了解です、伯母さまに全任致しましょう! 若い女の子のドレス選びは楽しいですわよ」


「こういうの、夢だったのよ。私には娘が居ないから」


「ついでにクロードにも、黒ずくめ以外の礼服を新調してやりましょうよ!」


 二人がキャイキャイとはしゃいでいるのをボンヤリと眺めながらビアンカは顔を青ざめさせ、レベッカは諦めたように首を横に振ったのであった。二人は衣装の色合いだの意匠だのと更に続けていた。


「王妃さま、ルイーズさま、お二人で盛り上がっておられるところ、申し訳ありません。どうしても舞踏会に出ろ、とおっしゃるのでしたら一つお願いがございます」


「言ってみなさい」


「私の本来の姿で出席してもよろしいでしょうか、侍女のビアンカとしてではなく。同僚たちが準備や給仕などの仕事をしている所に、私だけ呑気にドレスを着て行くのはどうしても気が引けます」


 そう言いながらビアンカは自分の肌と髪と眼の色を戻した。近くに居る信頼できる人々には力のことをもう隠さなくてもいいだろう、と先日フォルタン総裁と話し合ったばかりだった。


「まあ、驚いた。白魔術って言うだけあって、本当に色素が薄いわ。とても綺麗な髪の毛ね。確かにこの容姿ではどこへ行っても目立つでしょう」


「ミラ、ビアンカの衣装の色は最初から考え直しましょう。ああ、わくわくするわ!」




 その日ビアンカが居室を去る時に王妃は言った。


「貴女のお陰でとても楽しかったわ。今朝は少し気分が優れなかったのだけど」


「王妃さま、お身体をどうぞお大事になさって下さい。ご無理は禁物です」


「ビアンカ 、貴女私が妊娠している事知っているような話しぶりね。先日闘技場でも少し風があるからって、ひざ掛けを勧めてくれたわ。まだ陛下の他に数人知っているだけなのに。クロードも薄々気づいていると思うけど、アイツは貴女にわざわざ言ったりしないでしょ」


「王妃さま、私の魔力でこういう事が分かるのです。今日は特にお腹のお子さまが楽しそうにされていました。三年前のパレードの時は遠くからでしたけど、マデレーヌさまの存在を感じて姫さまだということが分かりました。私の下の妹と弟の時も、母自身が妊娠を自覚する前に私が教えたのです」


「まあ性別も、お腹の中で何をしているかも分かるの? 性別はいいわ、生まれるまで知りたくないわ。今赤ちゃんがどうしているか分かる?」


「少しお腹に手を当てさせて頂いても?」


「構わないわよ」


 そこでビアンカはそっと王妃に触れた。


「正直に申し上げて宜しいですか?」


「何、悪い知らせなの? らさないで言って!」


「『ちょっと聞いて! さっきからお母さまがまた興奮されているから、昼寝したいのに目が冴えて全然眠れない!』とおっしゃっています」


 ルイーズとレベッカは笑いをこらえきれなかった。




***ひとこと***

王妃さまに振り回されている人々でした。

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