第十二話 𠮟責
ビアンカが魔術塔で働き出してからも、クロードに娘を売り込みに来る貴族は後を絶えなかった。
クロード副総裁はお忙しいので、とビアンカがやんわり断ると引き下がる者もあれば、絵姿と釣り書きだけを置いていく者もあった。
ある日、ビアンカの押しのけて強行突破した某侯爵がおり、クロードの大逆鱗に触れ魔術塔全体を巻き込んでの大騒動を起こした。
その時クロードは執務室でいつもの様に若手の魔術師二人、ノルマンとマリアンヌととある件について検討中だった。外の扉の前で某侯爵とビアンカの押し問答は彼の耳には聞こえてこなかったが、彼女が困っているのは感じ取っていた。
「そなたはたかが侍女の分際で偉そうに、いつも私を追い返すではないか」
「そうは仰いますが、副総裁さまは仕事外の件ではどなたにもお会いになりません」
「うるさい、身の程を
侯爵はビアンカが閉めようとしていた扉をこじ開けて彼女を押しのけ、そのはずみでビアンカは床に尻餅をつき、後ろにあった花瓶を倒してしまった。幸い花瓶は柔らかい絨毯の上に落ちたため壊れず、少し水がこぼれただけだった。
侯爵は自分が転ばせたビアンカには気も留めず、部屋に入ってきてしまった。そこへ仕事の手を止めたクロードが執務室から出てきて駆け寄る。
「ビアンカ、どうした大丈夫か? 怪我はないか?」
彼は手を差し伸べて彼女を立たせた。
「おお、公爵殿、ベダール侯爵にございます。やっとお目にかかれましたぞ」
「貴様、補佐の彼女を侮辱して暴力を振るったな」
ビアンカはクロードの怒りを見て慌てた。同じく執務室から出てきた二人の魔術師も同様である。
「副総裁さま、私は何てことございません。侯爵さまが少し無理矢理部屋に押し入ってこられただけですので」
「ビアンカ、本当に怪我はないのか? これから医療塔に行こう」
クロードは今にもビアンカを抱きかかえようとする。
「いいえ副総裁さま、私は断じて何ともありません」
「公爵殿、それより本日お伺いましたのはですね、私の娘クリスティーヌの姿絵を見ていただきたく……」
ビアンカと二人の魔術師はクロードの怒りがさらに沸々と煮えたぎってくるのを肌で感じ、目配せしていた。ベダール頼むから空気読め、の心境であった。
「失せろ」
「はい?」
「私がまだ正気を保っているうちに消えろと言った」
黒雲が天井付近にもくもくと湧き上がってきていた。魔術塔周りもこの様子では真っ黒になっていることだろう。
「そういう訳には参りません! 何度こちらへ伺ってもこの女めに追い払われて本日やっとお目にかかれたのですから、わが娘の姿絵を見ていただくまでは。それから再来週我が家で行う舞踏会の招待状もお持ちしました」
「今彼女のことを何と呼んだ?」
「副総裁さま、どうかお気をお鎮めになって下さい!」
「ベ、ベダール侯爵、今日のところはとりあえず退室して、また後日出直すということにしては……」
ビアンカとノルマンたちも必死である。
「いえ、どうか一目だけでもご覧下さい!」
「いい加減にしろ!」
ノルマンとマリアンヌは雷が落ちるのを察知し、目を閉じ耳を塞ごうとした。
「ダメーッ!」
ビアンカは咄嗟にクロードと侯爵の間に入り、落雷の瞬間に両腕を広げ大きな声で叫んだ。それと同時に彼女の体の周りに白い光が発せられていた。
その光は大きなお椀のように広がっていき魔術塔の窓の外に落ちようとしていた雷を空中で受け止め、その上に広がる黒雲ごとすべて吸い取り消滅した。
ビアンカは何事も無かったかの如くクロードに詰め寄り訴えた。
「副総裁さま、毎回ご機嫌悪くされる度に雷を落とされては森の木々も動物たちも心穏やかに暮らせないと申しております。最近はしばらく落ち着いていたから彼らも少し安心しておりましたのに!」
この頃には異常現象を窓から目撃したフォルタンや他の魔術師たちもぞろぞろ副総裁室に入ってきていた。
「緊急事態ですので入らせていただきます、クロード様! ご無事であらせられますか?」
そんな彼らが見たものはビアンカにしょげた顔で謝っている副総裁だった。
「すまなかった。貴女が転ばされたりしたのを見てつい、いつもの調子で……」
「憂さ晴らしのために犠牲になる木々や草花はたまったものではございません。副総裁さまがご機嫌だと森の緑化になる、と言われた意味がやっと今分かりました」
そしてフォルタン総裁は興奮しきった様子でビアンカに話しかけた。
「今の黒雷を止めたのはビアンカ様ですな。私、しかとこの目で見ましたぞ。あれを全て吸収出来るとは素晴らしい、感動致しました。あれだけの力を出しても全く消耗されていませんな」
「考える間もなく力を使ってしまいました。何しろまた森の木が黒焦げになると思うと」
再びビアンカは責めるような眼差しでクロードを見た。
「悪かったと言っているだろう、もう許して欲しい」
「ビアンカ様の白魔法の盾を再びじっくりと観察したいものです。クロード様、もう一度雷を落としてみてはくれませぬかな?」
「おい、フォルタン勘弁してくれ。ビアンカ、もう闇雲に雷は落とさないと約束する」
すっかりその場全員から無視されているベダール侯爵は呆然としているだけだった。魔術師の一人が口を開いたままそこに佇んでいる侯爵に声を掛ける。
「まあ何があったかは想像に難くない。無駄足だったな、怪我がなかっただけでも良しとしろ。あのビアンカさんに危害を加えたり、お仕事の邪魔をしたり、縁談持ちかけたりすると副総裁様をすぐに怒らせることが出来るんだからな」
この三つの禁忌を同時にやってのけたべダール侯爵は、無言でこくこくと頷きほうほうの体で部屋を後にしたのだった。
その魔術師はベダールの後ろ姿を見ながらボソッと呟いた。
「頼むからあの二人、さっさと婚約でもしてくれよ。王宮全体の平和の為にもさ」
一方、ノルマンは同僚にそっと耳打ちした。
「マリアンヌさん、本当に怒らせると怖いのは実は副総裁よりビアンカさんの方ですよね。最近は副総裁に頼むより彼女にお願いする方が案件によっては早く事が進むこともありますし」
「ノルマンあんたって見た目によらず世渡り上手よね」
***ひとこと***
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