第十一話 魔術塔


 こうしてビアンカの魔術塔通いが始まった。朝は王太子殿下に仕え、お昼の後に副総裁室に行くのが日課になった。


 クロードは午前中に主に書類を片付け、部下の魔術師たちはクロードに用事がある時はビアンカの居る午後を狙って来るようになった。というのも彼女が居ることで、クロードが大人しくなって仕事が早く進むからである。


 ノルマンなどは彼の確認の署名だけが必要な書類はビアンカ経由で持って行ったりすることもあった。




 クロードは副総裁職の他に貴族学院の教授も兼任しており、週に一、二回王都の学院へ魔術の科目の教鞭を執っていた。クロードが留守の時にはビアンカは副総裁室の片付けをしたり、もしくはフォルタン総裁の話し相手になったり魔術を見てもらったりしていた。


 クロードや魔術師たちが特に驚いたビアンカの魔力は、動植物と意思疎通できること、人の感情を感じることが出来ることと、未来を予知できることだった。


 魔術師たちは魔獣と呼ばれる、普段は山奥深くに住んでいる魔力を持った動物とは交流できたが、普通の動物たちとは全く出来なかった。


 ビアンカは王都に来てから実家に手紙を送りたいときは、こっそりと鳥を呼んで運んでもらっていた。家族は鳥とは分かり合えないが、餌と水をやって返事を直ぐに書くとまた王都のビアンカへ折り返し届けてくれるので重宝していた。


 少し大きめの鳥だと手紙だけでなく軽くて小さいものも運んでくれ、しかも半日でボション領まで着く。ビアンカに良く世話になっている鳥や動物たちは、家族がどうしているか時々伝えてくれもしていたのだ。




 人の心の中を読むことと未来予知の能力に関しては、ビアンカは全く自分で制御出来なかった。時々、特に感情が高ぶっている時などに、側にいる人の気持ちや近未来が見えることがあるだけだった。


 フォルタン総裁はまた、ビアンカが正式に王国の魔術師として登録されるように司法院に提出する文書の作成等に骨を折ってくれていた。


 何しろ前例が無きに等しいのだから手間取っていた。魔術師として公に認められると晴れて王宮魔術院で研究などの為に働け、待遇も随分と違う。貴族学院で魔術の学位を取っていないビアンカは、空いた時間には図書館で魔術理論等の本を読んで勉強もしていた。


 どっちみち白魔術の実技は教えられる者が居ないので、学院に通っても意味がないとも言えた。彼女にとっては魔術師だろうがただの雑用係であろうが、こうして毎日午後にクロードの側に仕えられるだけで幸せだった。




 ある日ビアンカは副総裁室の本棚の少し高いところの本を取ろうとし、少し貧血気味だったため一瞬ふらっとして踏み台から足を滑らせかけた。そこをさっとクロードに支えられ落下は免れた。


 彼に腰を支えられて床に足をついたビアンカは、自らも両腕でクロードの体にしがみついているのに気づいた。


「クロードさま、私たちこんなに接触しているというのに卒倒していませんね、私。支えて下さってありがとうございました。それに私今朝から貧血気味だったのですが、貴方さまに触れると少し気分が良くなりました」


「貴女を助けたということで、触らないという約束を破ったことを反古にしてもらえるかな」


「もちろんです。あの、貴方さまのお手を取ってみてもよろしいですか?」


「あ、ああ」


 ビアンカは恐る恐るクロードの手を触った。


「良かった、私気絶しませんね。やっぱり大丈夫ですね!」


 ビアンカの両手で右手を優しく握られたクロードはひたすら甘い誘惑に耐えていた。彼は別の意味で全然大丈夫ではなかったのである。




***ひとこと***

泣く子も黙る副総裁さま、新米魔術師ノルマン君の目撃どおり段々人格が変わってきています。

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