第十話 白魔術


 さて、クロードとビアンカは二人で顔を赤くして照れていたところ、副総裁室の開けっ放しの扉が叩かれた。そこに白髪白髭の老人が慌てふためき転がり込んでくる。


 女官長はわざと扉を閉めずに去ったのだった。


「ク、クロード様っ! たった今、女官長が……入ってもよろしいでしょうか!」


「ああ、どうしたフォルタン」


「おお、本当に、白魔術師のお嬢様! 今までよくご無事で、我らがクロードさまと遂に巡り合うことができたのですね。私は、私は……」


 老人はビアンカの顔を見るなり涙を流しながら彼女の足元に膝をつき、その後は言葉にならず、おいおいと泣き崩れてしまった。


「おい、フォルタン、気持ちは分かるが少し落ち着け。心の臓に障るぞ」


 クロードは彼を抱えて立たせ、長椅子に座らせながらなだめる。


「まあ私も闘技場で初めてビアンカを見た時は驚いて一瞬防御壁を完全に崩してしまったけどな。ビアンカ、こちらブリューノ・フォルタン総裁、フォルタン、ビアンカ・ボション男爵令嬢だ」


「ボション男爵……確か南部に領を構えておいでの。お嬢様は生まれもボション領ですか? 失礼ですがおいくつですか?」


「あの、お嬢さまはおやめ下さい。どうぞビアンカと。生まれは1008年12月、出生地はボション領と言われています。実は私、男爵の実子ではございません。領地の教会前に生後間もなく捨てられていたのです。生みの親は未だどこの誰だか分かりません」


 フォルタン総裁とクロードは顔を見合わせた。


「私が覚醒したのはその数か月前、同じ年の4月だ」


「クロード様の覚醒当時、ビアンカ様はまだ御母上のお腹におられたということですか」


「私を発見した牧師さまによると、流れの旅の者が育てられないと思ったか、私がもうすぐ息絶えると思ったかでせめて教会前にでも、と置き去りにしたのではないかとのことです。私は何しろ泣き声も弱々しく、肌が真っ白で血の気が全くない赤ん坊だったのです」


「生みの母上が1008年4月に王都にいらっしゃり、クロード様の覚醒時の強い黒魔力の空間のひずみにより、お腹の中のビアンカ様に白魔力が宿ったと考えられます。そして、ビアンカ様は12月にボション領でお生まれになった。どおりで王都中を探しても当該する子供が見つからなかったわけですな」


「私のこの不思議な力は白魔術と呼ばれるものなのですか?」


「傷や病を和らげたり治癒したりできるのが白魔術です。一般に世間に知られているのは主に攻撃系の黒魔術で、ただ単に魔術と呼ばれています。というのも白魔術師は王国建国以来二名しか記録に残っておりません」


「ビアンカは王国史上三人目の白魔術師にあたるのだよ」


 一度に色々なことを聞かされ、ビアンカは何と言ってい良いのか良く分からなかった。


「三百年に一度現れるかどうかというあまりに珍しい魔術なので高級魔術師、歴史学者に王族とごく一部の人間のみが知るだけです。黒魔術師は遺伝し、力の大小の差はあれど代々引き継がれていきますが、白魔術はそうではありません。クロード様のような大魔力を持つ者の『片割れ』として突如この世に現れると考えられております」


「ビアンカは子供の頃から体が弱かったのではないか? 白魔術師は生まれても、中々成人するまで生き長らえないのではないかと言われているのだ」


「はい、よく病にかかって養父母を心配させておりました。病ではないにしても慢性的に体がだるかったりもしたのですが、王都に来てからは少し健康的になりました。特に王宮に勤めだしてからはすこぶる元気です」


「それはきっとクロード様の魔力を近くで感じられるようになったからですな。クロード様も強大な魔力のためにお体に無理がかかることが良くおありなのですが、ビアンカ様にお会いになってからどうです?」


「会えたこと自体が嬉しくて体調のことは全く気にしてなかったが、そう言われてみれば騎士道大会以来頭痛はしてない」


「それはよろしゅうございました。きっとこれからお体の負担がぐっと減りますでしょう」


「ところでビアンカ、私を知ったのはヴァリエールの戦の時だと言っていたが、十年近く前に私たちは会っていたのか? 当時もし会っていたら私が気づかないはずはないのだが」


「いいえ、お会いしてはおりません。私はずっとボションの屋敷におりました。戦の時、自分でも良く分からなかったのですが、強い気を感じて無性に懐かしく切ない思いにかられました。戦がすぐに収まって皆さまが王都にお帰りになった時は、不謹慎ですが涙が止まりませんでした」


 フォルタンとクロードは再び驚きのため顔を見合わせた。


「ビアンカ様、ボション男爵のお屋敷からヴァリエールの戦場まで結構な距離があるでしょう」


「ええ、馬車で一時いっときくらいでしょうか。戦の火も見えませんでした。その時に決意いたしました、いつか王都に行ってこの正体不明な胸のざわめきの原因を突き止めてみせる、と」


「私が憂さ晴らし程度の気分で戦場にて魔力を振りかざしていた時に、幼い貴女にそこまでの思いをさせていたとは」


「はるか南部の地からお一人で王都まで出てくるのは大変だったと察します」


「はい、家族との別れが特に辛かったです。それでも王都に出てきてすぐに分かったのです、どうして私がここまで来なければならなかったのか。クロードさまを陛下生誕祝いのパレードでお見かけして、ヴァリエールの時と同じ気を強く感じて……」


 クロードは堪らず彼女の言葉を遮る。


「それなのに私は先日の騎士道大会で貴女と目が合うまで全然気づきもせず、長い間待たせてしまった」


「私、髪と肌の色を変える以外に力を使うことがまずございませんから、クロードさまがお気づきにならなかったのも無理はありません。男爵家ではこの力は正体の分からないものだから人に知られないように、と教えられて育ちました。今も家族と、あと親友が一人知るのみです」


「男爵夫妻は実直で賢明な方々ですな。ビアンカ様、よろしければ今度貴女様の白魔術を見せていただけますか? この老いぼれの私でも色々教えて差し上げられることがあると思います。この目で白魔術を見ることができるとは、大変な名誉でございます。何が何でもこの先長生きしてみせまする」


 そしてフォルタンはビアンカの手を取って再び涙を流したのだった。



***ひとこと***

ビアンカのクロード察知センサーはクロードのそれよりもかなり敏感です。

フォルタン総裁、何かカワイイです。大魔術師をつかまえて少々失礼ですが。

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