第八話 告白


「ビアンカ殿!」


「ビアンカ!」


 手が触れるなり崩れ落ちてしまったビアンカをクロードは抱きかかえようとした。


「ちょっとアンタ、何したのよ! 彼女にもう触らないで! リゼット誰か他の者に頼んでソファにでも寝かせてあげて!」


 護衛の騎士が可哀そうなビアンカをソファに横たえ、クロードは彼女の様子をハラハラと見守るが王妃は彼を少し離れた椅子に座らせる。


「すまん、緊張し過ぎて思わず魔力が一気に流れ出てしまった。その、驚かせただけで危害は与えてない」


「彼女は本当に大丈夫なの? 医師を呼ばなくてもいいのかしら」


「王妃さま、公爵、ビアンカが少し動きました。すぐに目を覚ますかもしれません」


「何っ!」


「アンタはここに座っておくの!」


 リゼットの言う通り、ビアンカは気を失っていたのはほんの数分ですぐに目を覚ました。




 ビアンカの視界にうっすらと入ってきたのが、心配そうに覗き込んでいる王妃とリゼットに、後ろのクロードという面々だった。一瞬たじろいでしまったビアンカは、すぐに自分が横になっているのが王妃の居室のソファだという状況を把握した。


 ビアンカはすぐにソファから転がるように下り、床にひれ伏した。


「も、申し訳ございません。私、王妃さまの御前で何という失態を。どんな罰でも覚悟のうえお受けいたしますので、どうか免職だけはお許しください」


「ビアンカ、倒れたばかりでそんなに動いてはいけません。あなたの責任ではなくてコイツが悪いのよ。まずはゆっくりソファに座りなさい。クロード、彼女に何か言う事があるでしょ。けれどそれ以上近寄らないように!」


 クロードはその王妃の言葉にソファに座ったビアンカの前にひざまづき口を開いた。


「ビアンカ・ボション嬢、先ほどの失礼を心からお詫びします。私ジャン=クロード・テネーブル、貴女にずっとお逢いしたかったのです。貴女は私の魂の片割れです」


「ちょっと、いきなりド直球? アンタ重いのよ! いくら何でもヒかれるわよ!」


「王妃さま、お静かに!」


 王妃でさえも叱責してしまう最強のリゼット女官長であった。


 ビアンカはクロードの突然の告白に驚いたものの、長年の想いが叶ったと分かり涙をポロポロ溢れさせた。


「はい。私も、テネーブルさまがヴァリエールの戦でご活躍以来ずっとお慕い申し上げております。家族に無理を言い王都に出て来て、三年前のパレードでお見かけしてお名前を知りました。王宮勤務を希望したのも、ただただ少しでも貴方さまのお側に居たいが為でした」


「まあ驚いた、こっちの方が重かった!」


「王妃さま、しぃーっ!」


 感動の出会いを果たした二人は周りの雑音も聞こえず、ただ見つめあい二人だけの世界に浸っていた。クロードはビアンカの思いがけない告白を聞いて、彼女に近寄って抱きしめたい気持ちに駆られたが、また気絶させるかもしれないというので辛うじて耐えていた。


 リゼットはビアンカに涙を拭くようにとハンカチを差し出し、王妃はクロードに先ほどの椅子に座るように勧めた。


「さぁて、この出会いの感動に浸っていたいのはやまやまですが、今日のところはクロード、貴方は仕事にお戻りなさい」


「いや、でも」


「でもじゃないの! ビアンカ、体調が何ともなければここに居なさい。気分がすぐれなければ自室に帰って休んでも構いません。エティエンの所には先ほどからあなたの替わりにレベッカが仕えていますから」


「王妃、今朝の計らい大変感謝いたします」


  そしてクロードは渋々といった感じだったがと殊勝にも丁寧に礼を述べ、ビアンカを名残惜しそうに見つめて目礼をした後居室を出ていった。




 ビアンカは結局王妃の居室に残ることにした。


「ビアンカ、私とリゼットにお茶を入れてくれるかしら。少し彼女と話があります」


「はい、畏まりました」


 お茶を持ってきたビアンカが下がってから王妃は口を開く。


「リゼット、クロードの補佐役の席がまだ空いているのだったら、ビアンカを配置してはどうかしら」


「王妃さま、それはどうでしょうか。あまり公私混同するのもどうかと」


「やっかみの対象になるかもってこと? それとも間違いが起きることを心配しているの?」


「両方でございます。一介の侍女がいきなり副総裁の下に就くなど、下世話な憶測を招くに間違いございません」


「どんなに仕事が出来る文官でも中々続かないのでしょ、要するに資格のあるなし関係なく誰でも駄目ってことじゃないの? ビアンカはとりあえず雑用係としてつけてみたらどうかしら。アイツの癇癪やイライラが少しは収まれば、魔術院全体の利益にも繋がるわよね」


「それはそうでしょうが、今ここでビアンカに抜けられると大変困ります」


「では私付きの侍女を一人エティエン付きにしなさい。私の方は大丈夫だから」


「何だかんだおっしゃっても、最後には公爵にお優しいのですね」


「何だかんだと最後には、だけ余計よ。クロードとは長い付き合いだから彼が覚醒してからの苦労を見てきているし、幸せになって欲しいのよ。ビアンカはヴァリエールの戦の時って言っていたから十年近く彼を想っていたのよね。二人の出会いは遅すぎるくらいだわ」


「ではとりあえずビアンカは午前中エティエン殿下のお付きで、午後から副総裁室勤務ということで始めてみるのはどうでしょうか。その間に私は新しく侍女を採用いたします」


「名案だわ。少しくらい人手不足でも私は平気よ」


「王妃さまは実は口やかましい侍女がいない方が、のびのびお出来になるとお思いじゃないですか?」


「ま、そういうこと」




 二人がビアンカの配置変えの話をしている間、その日は遅出のアメリが出勤してきた。彼女は王妃の控えの間で働いているビアンカを見て大層驚いた。ビアンカが何故王妃の侍女として働いているのかというより、彼女の表情が迷いを吹っ切ったような晴々としたものだったからだった。


「ビアンカ、私が休みの間に何があったの? とっても良い事でしょう?」


「えっ、どうして分かるの?」


「何年友達やっていると思うのよ。ああ、仕事なんてしている場合じゃないって言いたいところなのだけど。今晩私の仕事が終わったら報告会よ! 分かった?」

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