第七話 対面


 翌朝、クロードは王妃の居室の扉の前で侍女と押し問答していた。王妃に火急の用件があるという彼にはベテランの侍女も手を焼いていた。


「いくら貴方さまが公爵で副総裁であろうと、陛下もいらしているのにこんな朝早くからいらっしゃってもお通し出来るはずがございません!」


「こちらは昨夕から待っているのだ、これ以上待てるか!」


「そうおっしゃられても、国王夫妻はまだお休み中でございます!」


「お前、石像になりたいのか?」


 扉の外の騒ぎを聞きつけたのか、そこに起き抜けの王妃がやってくる。


「クロード何なのよ、朝っぱらから五月蠅いわね! 陛下はまだお起きでないから静かにして。それからその発言はパワハラよ。私の侍女を脅さないでくれる?」


「ミラ、お前は相変わらずわけの分からん言葉を使うな……」


 クロードはブツブツ言いながら押し黙ってしまった。ミラ王妃はそれでも、お茶に誘ってもまず無視するクロードが自らやって来るとは異常事態だということを察した。


「入っていいから大人しく少し待っていて。今着替えるから」


 そう言って王妃は寝室に戻って行った。




 しばらくして国王夫妻は二人揃ってクロードの待つ居間にやって来る。


「朝から失礼しております、お早うございます陛下」


「夫婦水入らずで過ごす朝に乗り込んで来るくらいだからよっぽどの用件なのだろうね、公爵どの?」


「昨晩押しかけなかっただけまだましとお思い下さい。ま、扉の前まで参りましたが流石に追い返されました」


「当り前よ。陛下がここで朝食を一緒に取ってもいいとおっしゃっているわよ」


「いえ私、食事は結構でございます」


「アンタも一緒に食べるの! 話聞かないわよ」




 三人が食卓について王妃が何事かと聞くが否や、クロードは身を乗り出さんばかりの勢いで言った。


「ミラ、お前の侍女で茶色の髪で眼鏡をかけている女性がいるだろう、彼女に会わせて欲しいのだ」


「は?」


「何と?」


 女嫌いで通っているクロードの何とも意外な申し出に国王夫妻はそれぞれ聞き返し、二人で目配せをした。


「昨日闘技場に居ただろう、ミラの後ろに控えていた女性だ」


 そこで王妃は侍女を呼び、一言二言話した後、食事の給仕はいいから人払いをしてくれと頼んだ。


「私じゃなくエティエン付きの侍女でビアンカ・ボション男爵令嬢よ。名前も何も知らないのに何故?」


「昨日の闘技場で初めて見かけた。準々決勝だったか反則者が出ただろう、あの時だ。その後決勝まで手が離せなかったが、一騎打ちが終わって桟敷を見たらもう居なかった」


「ふぅん、要するに一目惚れということね」


「そんな生半可なものではない、目が合った瞬間から心身ともに彼女に惹かれている」


「……はいぃぃ? 今の私の幻聴? いつものその仏頂面でさらっとスゴいこと言ってのけなかった?」


「面白がるな。彼女は私が覚醒以来二十年もの間求め続けていた存在だ」


「キャーッ!」


「ミラ、少し落ち着こうか」


 ここで国王が口を挿んだ。


「落ち着いて居られないわよ、陛下。だってコイツは一糸纏わぬ美女が執務机の上に横たわっていても『邪魔だ、書類が汚れる、去れ!』って不機嫌になるくらいのカタブツなのよ」


「えっ、そんな事が実際あるのか、クロード?」


 ちょっとだけ羨ましいと思ってしまう国王だったが王妃の手前、口に出せない。


「それに近い事は確かにありましたが」


「据え膳はいただいちゃえばいいのにね」


「食指が動かぬものはしょうがない」


「もしや男色? という噂もあるのよ」


「男はもっと嫌いだ」


 国王ぶっと吹き出してしまうが、話題をもとに戻そうとする。


「ところでクロード、どうしてそんなにそのビアンカに強烈に惹かれるのだろうね。それってもしかして……」


「彼女が私と正反対の魔力を持っていてお互いに余剰な魔力を打ち消すからです」


「そうか、やはり稀有な存在の『片割れ』が現れたのか。それは一大事だ。しかし残念だが私はもう執務室に行かないといけない。泣く子も黙るジャン=クロード・テネーブル副総裁の初恋? になるのかな、健闘を祈る」


 ここで壁時計を見た国王は王妃の唇に軽く口付けて退室していった。


「ミラ、あまり興奮しすぎると体に障るから気を付けて。今晩続きを聞くのが非常に楽しみだねえ」





 その頃、王妃の使いにより呼び出されたリゼット女官長とビアンカは王妃の居室に向かっていた。


「女官長さま、私何かしでかしてしまったのでしょうか? どうしてこんな時間に王妃さまに呼ばれるのでしょう?」


「私もさっぱり分かりません」


 そして王妃の居室からクロードの気を感じたビアンカは呟いた。


「もしかして、王妃さまの居室にいらっしゃるのは……」


「何か言いましたか、ビアンカ?」


「い、いえ」


 そこで二人は居室の扉の前に着き、部屋に招き入れられた。


 リゼットに続き恐る恐る部屋に入ったビアンカは予想通りクロードを確認、女官長に倣い膝を折り、頭を下げた。王妃が口を開いた。


「リゼット、ビアンカ、忙しいところ来てくれてありがたく思います。クロード、こちらがビアンカ・ボション男爵令嬢、ビアンカ、ジャン=クロード・テネーブル王宮魔術院副総裁よ」


 ビアンカ同様に最高潮に緊張しているクロードが彼女の前に進み出た。


「ど、どうか、顔を上げて下さい、ボション嬢。お手を」


 促されるままビアンカはそろそろと右手を差し出し、二人の手がほんの少し触れたところでそこから何か暖かいものが体中に流れ込むのを感じた瞬間、意識を手放し倒れてしまったのである。


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