第六話 邂逅


 季節は春、サンレオナール王宮では毎年恒例の騎士道大会が行われようとしていた。


 王宮内の闘技場で行われるこの大会は、馬術、弓術、一騎打ちの三部門がある。アメリは貴重な入場券が手に入り、この日は休みを取り客席から観戦するという事でかなり興奮していた。


「ビアンカは王太子殿下のお付きで王室桟敷席から見られるかもしれないじゃないの! それでも殿下は一日中見学されるわけじゃないからね、あまり長くは居られないでしょうけど」


「殿下は午後の一騎打ちがご覧になりたいそうよ。多分お昼寝の後からね」


「午後の最後が一番盛り上がるのよ。勝ち抜き戦だから」




 さて、大会当日王太子のお供で大会会場に向かっていたビアンカはテネーブル卿や他の上級魔術師たちの魔力を闘技場から強く感じていた。


「今日の大会は騎士の方々が日頃の鍛錬の成果を見せるものですよね。でも魔術師の方々も出場されるのですか?」


 王太子護衛の騎士に尋ねてみたところ、こんな答えが返ってきた。


「本日の大会は純粋に騎士としての能力を競い合うものですから、少しでも魔術の使用は反則にあたります。そこで魔術師の方々が審判員としていらっしゃるのです。それから観客の安全のために魔法防御壁を張っておられるのです」


 先日アメリと話した時、彼女は全然そんな事は言ってなかった。




 ビアンカは昨年から王宮に勤めていたが、王太子付き侍女とジャン=クロード・テネーブル魔術院副総裁の接点は全くなかった。王太子の居室や女性侍臣の宿舎は西宮に位置し、ビアンカは昼夜そこで過ごしている。


 かたやクロードは本宮か北の魔術塔での勤務である。さらに王太子はまだ幼く、行事にはあまり出席することもなく、クロードの方も社交行事や舞踏会などにはまず出てこないようだった。


 彼の従妹にあたる王妃は少し交流があるらしく、王妃付きのアメリは時々クロードの近況を知らせてくれるのだった。王妃がクロードをお茶に誘っても返事もくれないだとか、一年に一度顔を見せればいい方だと王妃がクロードに対する文句を言っているだとか、そんな情報をビアンカはアメリから聞いていた。


 アメリは王太子のお供でしか闘技場に行けないビアンカにぬか喜びをさせたくなくて、魔術師たちの大会への関与について何も言わなかっただけなのだった。


 闘技場に近づくにつれて、ビアンカは緊張してきた。




 王宮に上がって以来毎日クロードの存在を感じ、休憩中など時間を見つけては魔術塔が見える窓まで行き遠くから眺めていたのだが、彼とこんなに物理的距離が近づくのは初めてである。


 運良くクロードの姿が見られるようにと切に祈っていたビアンカだった。彼女はそこでエティエン王太子に話しかけられる。


「ビアンカはだれがかつとおもう? みんなはぜったいサヴァン中佐って言っているよ」


「私はよく存じ上げませんが、この私でもサヴァンさまの噂はよく聞きます。殿下はどうお思いですか?」


「ぼくは叔父さまにがんばってほしいな」


「では私も殿下とご一緒にルクレールさまを応援いたしましょう」


「ビアンカはサヴァンのファンじゃないの?」


 ビアンカは幼い王太子に微笑みかけながら、熱烈なサヴァンファンと言ったらアメリだと思っていた。


「私はそうですね、殿下のファンでございますよ。さ、階段があります、足元お気を付けください」




 一騎打ちも準々決勝まで進み闘技場は異様な熱気に包まれていたが、王宮桟敷席に入ったビアンカも別の意味で興奮気味だった。


 地面と同じ高さにある主審判席は桟敷席のすぐ下でクロードの姿は見えなかったが、彼が発している魔力を近くで感じられ、魔法防御壁が美しく張られているのがビアンカには良く見えた。


 子供の頃に遠くから感じた時もパレードでもそうだったが、心も体もほんわりと暖かくなり懐かしくそれでいて切ない気持ちになるのだった。今回は距離が近いからなおさらである。


 その時である、決戦中の二人の騎士の間でピカっと何かが光ったのが見えた瞬間に騎士の一人が地面に倒れこんでしまった。そして審判員席からクロードが闘技の場に足を運び、立っていた方の騎士に何かを告げていた。


「魔術が思わず発動したようだね、残念ながらあいつは失格だ」


「じゃあもう一人が不戦勝になるのですか?」


「怪我があまりひどくなければね」


 王太子の隣に座っている国王夫妻の会話も耳に入らず、ビアンカはクロードの後姿を一心に見つめていた。


 その時である。くるりと向きを変え自席に戻ろうとしたクロードはふと桟敷席を見上げビアンカと目が合った途端に大きく目を見開いた。


 その時にパンッと大きな音がしてビアンカには彼の築いていた防御壁が一瞬にして消え去ったのが見え、思わずあっと声を上げてしまう。


「副総裁さま、ど、どうなさったのですか?」


 そして下の審判席からと誰かが尋ねていた。


「貴女、大丈夫?」


 思わず声を上げたビアンカには王妃が何事かと聞いた。そのビアンカにはクロードが彼女を見つめたまま何か一言を発した姿しか見えてなかった。この間僅か数秒間だった。


 そして我に返ったクロードは審判席に戻り魔法防御壁を張り直し、まるで何事もなかったかのように一騎打ちは続行されたのである。




 さて、エティエン王太子は次の準決勝でルクレール中佐がサヴァン中佐に負けてしまったので少し機嫌が悪くなってしまった。王太子は居室に戻っても良いという王妃の許可も下りてしまい、そこでビアンカは彼と共に闘技場を去らなければならない羽目になった。


「うちの弟や他の騎士が不甲斐ないせいで毎年サヴァンの圧勝。決勝はサヴァンがあっという間に勝つわよ、きっと。あーあ、表彰式まで残らないといけないのがちょっと憂鬱」


「ルクレールも健闘したじゃないか。でも、それだけサヴァンが強いってことだよね」


 桟敷席を去るビアンカの耳に、そんな国王夫妻の会話が聞こえていた。


 後ろ髪を大いに引かれる思いで王太子と共に退出したビアンカは、先ほどクロードが本当に自分を見ていたのか良く分からなくなっていた。




***ひとこと***

エティエン王太子は王妃の弟、自らの叔父にあたるジェレミー・ルクレール中佐をいつも応援しています。叔父さまが負けてしまって残念でしたね、殿下。

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