第一話 幼少期

― 王国歴1008年12月-1013年


― 王国南部ボション男爵領



「では、この赤子はこの寒空の下に教会の前に置き去りにされていたのですか?」


 ポールとスザンヌはいつものように教会に祈りを捧げに来ていたところで、ジェラール牧師が抱いている赤ん坊に目を止めた。


「はい、町の者には心当たりはないようなので流れの旅人かと思われます」


「それにしても、肌が白いというよりも血の気がないというか、可愛そうに。ジェラール、体に異常はないのですか?」


 スザンヌは赤ん坊の顔を覗き込んだ。


「はい、奥さま。月足らずで生まれてきたのか体も小さく、泣き声も弱々しく、乳を飲む力もあまりないようですが、私が見つけた時よりは少し顔色も良くなってきたように思います」




 ポール、スザンヌ・ボション男爵夫妻は結婚してかれこれ五年、子宝に恵まれなかった。教会へ足しげく二人でお祈りに来るのも、いつの日か我が子をこの手に抱きたいという切なる願いからであった。


 数日後、夫婦はこの捨て子をボション男爵家の養女として育てることにすることをジェラールに告げる。


「雪の季節に生まれたこんな色白の女の子だからビアンカはどうかしら。これも何かの縁でしょう。子の出来ない私たちに神様が遣わして下さったのかもしれませんわね」


 ビアンカは体が弱い方で病気がちではあったものの、ボション男爵夫妻の愛情を一身に受けすくすくと育った。




 そして彼女が二歳になる頃からである、夫妻がビアンカには不思議な力が備わっているということに気づき出したのは。


 まだ片言しか言えなかったビアンカだが、例えばスザンヌが体調の悪い時には彼女の手を握っているうちにみるみる気分が良くなったり、枯れかけた植物にビアンカがちょっと触れただけで元気になったりするのであった。


 そしてどんな動物でもビアンカにはすぐ懐き、まるで彼らと意思の疎通が出来ているかのようにじゃれたり見つめあったりしていた。




 夫妻がビアンカを引き取って数ヶ月のち、スザンヌは妊娠に気付いた。五年もの間子供ができなかった夫妻は信じられない思いだったが、お腹の赤ん坊はすくすくと育ち元気な産声をあげた。ビアンカの妹、リナである。




 そしてビアンカが三歳の時ある日、突然スザンヌを抱きしめて言う事にスザンヌは驚いた。


「おかあさま、赤ちゃんがはやく私たちといっしょにあそびたいっていってる!」


 スザンヌ自身が妊娠を確認できたのはそれから一ヶ月も経ってのことだった。


 もう一人の妹、ジュリアの誕生で男爵家はさらに賑やかになった。そしてその二年後には弟セドリックも生まれた。もちろんビアンカはこの時のスザンヌの妊娠も早くに予言したのだった。




 サンレオナール王国は魔術師を多く輩出している国だったが、一般的に魔術とは攻撃、防御その他は移動や変身の術ばかりだった。


 ビアンカのように治癒や人外との交流の力は知られていなかったため、夫妻もビアンカは人の痛みに敏感な感受性の強い子だろうと思っていただけだった。


 それに魔力は遺伝的なもので、代々魔術師を輩出しているもっと爵位の高い貴族の家にしか魔術師は生まれなかったのである。




 ボション男爵領は王国最南部の痩せた土地で、一家は決して裕福ではなかったがビアンカが家族になって以来笑いが絶えることはなく幸せに暮らしていた。


 ジェラール牧師はビアンカの成長を目の当たりにする度に目を細めて感慨深く呟くのであった。


「あの息も絶え絶えだった赤子が、立派な小さなレディに育たれて。旦那さまと奥さまに多くの幸せをもたらすために生まれてこられたのでしょうか」






 ビアンカは赤ん坊の頃から肌は透き通るように白く、髪はプラチナブロンド、目も色素が薄い灰色で、それは幼児期になっても変わらなかった。


 南部のこの地域出身の人々は肌の色は濃く、髪はこげ茶で目も茶色が一般的である。日差しも強く濃い肌色がさらに日焼けする。


 ビアンカ以外の男爵一家も例外ではないので、ビアンカの見た目は領地近辺では悪目立ちしていた。




 ある日男爵家の数少ない使用人の一人と町に出たビアンカは涙を流しながら帰宅して、自室にこもってしまう。


 侍女のマーサによると、買い物途中で会った町の子供たちに見た目が妹弟と違うことをからかわれて再び『捨てられる』と言われただの言ってないだので喧嘩になったらしい。


 最後はマーサがいじめっ子たちを大声で叱って追い払ったそうだ。


 ビアンカは夕食にも下りて来ず、その日は泣きつかれて寝てしまったようだが、翌朝起きてきたビアンカを見たスザンヌは仰天してしまう。




 ビアンカの外見が南部人のごとく濃い肌色に茶髪、茶色の眼になっていたのだ。


「ビアンカ! あなた何を!」


「だって、私もお母さまやお父さまやリナたちの様になりたいの! 私だけどうしてこんな不格好に生まれたの? 捨て子だから?」


 ピアンカはそう言ってまた泣き出してしまった。


「マーサ、悪いけど子供達の着替えと朝食をお願いね。それからポールを呼んでくれるかしら? 私とビアンカは主寝室にいますから」


「はい分かりました、奥さま」


 ポールが慌てふためきながら部屋に入ってくるまで、泣きじゃくるビアンカの背中を撫でていたスザンヌは心配顔のポールに目配せをするとやっと口を開いた。


「今のあなたには少し難しいかもしれませんが、これから私とお父さまが言う事を良く聞いてね。どっちみち学校に上がる前には話そうと思っていたから今日はちょうどいい機会だわ」


 少し気持ちが落ち着いたビアンカは無言でうなずいた。



「あなたは賢い子だから自分がこの地域の人間と違うことは随分前から分かっていましたよね。人というものは自分たちと違うものを中々受け入れられないものだから、あなたに対してあることないことを言ってくる人もたくさんいます」


「ええ、お母さま」


「私たちが教会前に捨てられていたあなたを引き取った時からずっと色々言われ続けてきたし、これからもそれは続くでしょう。でもね、肌の色が何であろうと不思議な力の有る無し関係なく、あなたはあなたで私たちの大事な娘なのですよ」


「ビアンカの見た目がどうであろうと、お母さまのお腹から生まれた子供じゃなくて家族の中で一人血が繋がってなくても、これから何があろうとも私たちはお前の両親だし、リナたちはお前の兄弟だよ。みんなお前のことを心から愛している」


「私もお父さま、お母さまのことが大好きです。ごめんなさい」


「謝ることはありません。けれども、あなたのその力を人前で使ったり、力のことを人に話したりしない方がいいでしょう。悪い人が悪いことにあなたの力を利用しようとするかもしれませんから」


「分かりました」


「それからいくら私たちのような肌の色がいいからと言って昨日の今日で急に変身したりしたら人に驚かれるだけですよ」


「はい、お母さま。では、驚かれなかったらいいのですね」




 ビアンカはその後すぐに姿を元に戻したが、なんと数ヶ月かけて少しずつ色素を濃くしていき、町の学校に入る頃には少し日に焼けたくらい、その一年後には少し色白の南部人として見られる程度に変わっていった。


 周りは皆成長と共に髪と目の色も変わるものだという認識でしかなかった。スザンヌとポールだけはビアンカが自分で力を制御してこの外見を保っているということが分かっていたが、もう何も言わずただ見守るだけにとどめておいた。


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