第3話 幸せの招き猫
日曜の休日の昼、博は繁華街を歩いていた。
心臓の鼓動が少し早くなる。
なぜなら、隣を歩いているのは加藤だからだ。
加藤は白い大人びた白いワンピースを着ていて、かなり美しかった。
それに比べ、博は青と白のしましまのポロシャツだ。
まさかこれって...デート...?
二人っきりで異性と外出なんてデート以外なにがあるというのだ。
いや、二人きりではなかった。
鞄の中がゴソゴソと動くのが分かると、猫もいるんだと思い出した。
昨日の夜、あれから加藤はどうにかして呪いを解く方法をあれこれ考えてみたものの、結局なにもできず、有名な占い師に頼んでみることになった。
有名なだけあって電話で予約してみたところ、なんと3年も予約が埋まっていると聞き諦めかけたが、電話の相手が加藤が伝説の占い師の孫と知って、特別今日占ってもらうことになったのだ。
しかも、料金は無料。本来は1人1万らしい。
それだったら加藤の祖母のその伝説の占い師に頼めばいいのだが、あいにくもうこの世にはいないらしい。
加藤の母の世代で占い師を後継することはなくなり、加藤自身も特別な力を持っているわけではなかった。
「多分ここじゃない?」
変な緊張をしていると、いつの間にか着いたようで、小洒落た建物の前で立ち止まる。
「うん、ここに直子の占いって書いてあるし」
入口のドアの隣には、看板に「直子の占い」と濃い筆圧でかかれていた。
「ん?着いたのかえ?」
天が鞄の中で籠った声で訊いてきた。
「うん、着いたよ」
「なら早速入りましょうか」
加藤が扉を開けると、チリンチリンと上の方でベルチャイムが店内に鳴り響いた。
界隈は薄暗く、前方の紫のカーテンに囲まれた場所だけが、ちょっとだけ明るい。
横長いテーブルの上には水晶玉、その背景に同化するようにおばさんがいる。
格好から見ておばさんが、占い師で間違いないだろう。
茶色のチリチリ毛は爆発したようにパーマがかかっていて、妖怪のような厚化粧、年代はおそらく50代、まあまあ肥えている。
「はい、いらっしゃい」
やっぱり声もドスの効いたおばさん声だ。
「あ、どうも、昨日電話した加藤です」
加藤が丁寧に挨拶する。
「おっ!あんたかい、加藤さんのお孫さんだね?いやぁ〜すごいべっぴんさんやなぁ〜、隣の男は彼氏かい?」
占い師が博に目をやる。
「あっいえ、僕はただの仕事仲間ですよ、ははっ」
頭を掻きながら、誤解をとくが、実際悪い気は全然しない、いや、むしろ最高だ。
「ん?」
占い師が刹那に目付きをかえた。まるで獲物を狙う鷹のようで、その迫力は本物だ。
占い師の目線は博が肩にかけているリュックサックに向いていた。
「お兄さんのその鞄の中にあるのが、昨日いってたやつかい?」
占い師が鞄から目を離さず、加藤に訊いた。
「はい、そのことで今日ここに来ました」
まさか鞄の中にいるのに、力を感じたというのか。
どうやら、この占い師はそこら辺にいる詐欺占い師とは違うようだ。3年も予約が埋まっていることに納得がいった。
「そうかい、えらいバケモンがいるもんだね、なら早速そこの椅子に腰をかけな」
占い師が水晶玉の前にある2人つの木材椅子に、顎をしゃくった。
博と加藤が促されるまま椅子に座ると、博は鞄のチャックをあけ、瞬く間に天の顔が飛び出た。
「ふぅ〜やっとかえ、遅かったのぉ博」
天が喋ると、占い師の鋭い目が丸くなるのがわかった。
どうやら喋るとは思っていなかったらしい。
「なんだいこの猫は?喋るのかい!?」
「ええまぁ...喋ります、普通に」
「はぁ〜...通りでバケモン地味たパワーを感じるわけだよ、どれどれ、早速見せておくれ」
博が、鞄の中の天のたるんだ胴体を両手で持ち上げると、水晶玉の横に立たせた。
じっと占い師が天の目を鋭く睨みつけるように見据える。
天はたるんだ目で、ボケーッと見つめ返す。
水晶玉は使わないのか、と別のことを考えていると占い師はふぅ〜と息を漏らし、リラックスした。
「いやぁ〜こいつはたまげたねぇ〜、想像以上だ、あんたその呪い誰にかけられたんだい?」
占い師が、興味深そうに水晶玉を眺めている天に訊いた。
「こやつの先祖の者じゃ」
天の肉球が加藤をさす。
「なるほどね、それでか、とんでもない術式が練り込まれてあったよ」
術式?アニメや漫画でしか聞かない言葉をまさか現実で聞くことになるとは。
「呪いは解けますか?」
加藤が心配そうに占い師に訊く。先祖のせいではあるが、多少血が繋がっている加藤にも責任を感じているようだ。
「ん〜私には無理だねぇ〜これは占い師にはとけんよ」
占い師が難しそうな顔をする。
「いったい、どんな術式が?」
「簡単には解けないやつだったよ、これは自分自身でなんとかするしかないね」
「自分自身でか?わしは何をすればいいんじゃ?」
天が肉のついた首を傾げる。
「猫ちゃんや、お前さんは幸せの招き猫だよ」
「「「幸せの招き猫?」」」
3つの声が重なりハーモニーが出来上がる。
占い師がこくっと頷くと説明をし始めた。
「この術式に幸せを招く猫というメッセージが込められていた。さらに解読していくと、呪いを解く方法が見つかったよ」
「どうすればいいんじゃ!?」
天がついに、呪いが解けるかもしれないという興奮を隠し切れずにいた。
「たくさんの人間を幸せにすることだね」
「にゃにぃ?」
「たくさんの人間をですか?」
博が天の代わりに訊いた。
「そうね、具体的にはわからない、でもそれを達成すればあんたの不死身の呪いは解けるはずだよ」
天が「ん〜」と困ったように唸り声をあげた。
「そう言えば天、俺と会うまでは今まで何してたんだ?俺以外の人間とは関わりを持っているのか?」
「いや、わしはずっと身を隠していた。喋れる知識が身について、それが人にバレるとめんどくさいことになりそうじゃったからの」
博が初め、天が公園の茂みから飛び出してきたのを思い出した。
この何百年もずっと身を隠していているのは、どんだけ辛いことなのだろう。
俺ならきっと耐えきれない。
「他にはもうないかい?せっかくならあんたら2人もみてやろうか?」
「是非お願いします!」
加藤が身を乗り出した。
女子はこういう占やらスピリチュアル占い、心理テストなどが好きと聞いたことがあるが、まさに加藤に適合していた。
占い師が顎を擦りながら、加藤の目を見据える。
結局、水晶玉使わないのね。
「ほう〜、あんたは営業の仕事をしてるんだね」
「はい、そうです」
当たっている。いや、もうこの猫の術式を見ただけで本物とは確信していたが、やっぱりそれでも驚かされる。
何もかも見えるのだろうか。
だとすれば、あんまり自分のことは見られたくない気がした。
「あんたはその仕事に向いてるよ、このまま続けなさい、猫好きなんだね?将来はもっと猫に囲まれた生活を送っているよ、ある男と一緒にね」
占い師が笑って見せた。
なんだ?まさか俺がちょっと加藤のことを気になり始めてるのがもう分かっていて、それで加藤が将来結婚するということに、俺が加藤から離れろと遠回しに忠告してるのか?
考えすぎか。
「なら今度はお前さんだね」
占い師が博の目を鋭く見据える。
やっぱり水晶玉は使わない。
ただの飾りじゃないか。
実際にされたら、変な汗がこめかみあたりから流れ始めた。
別に後ろめたいことはないけど、何もかも見透かされているようで怖かった。
「はぁ〜...あんた1年もしないうちに死ぬよ」
「は?」
何を言い出すのかと思えば、とんでもないことを言い始めた。
死ぬとか全然自分には関係ないことだと思っていたばかりに、マヌケな声で返事をしてしまった。
「ええ?嘘?」
加藤も博までとはいかないが、驚いている。天は相変わらず、眠そうにして肉球を舐めている。
「ち、ちなみに...何死ですか?」
おそるおそる、聞いた。
頼む、せめて残酷な死に方だけは!
「自殺だよ」
「へっ?」
これまた、ソプラノ声。
丸眼鏡が落ちそうになるのを、慌てて支える。
自殺?俺が?
「仕事関係だよ、今でもあまり上手くいってないようだが、このままどんどん下がる一方だ、それで自殺する、いや、するはずだった」
「するはずだった?」
どういうことだ?今はもうしないという安全があるのか?そもそも、本当に俺は自殺をするはずだったのか?
確かに俺は仕事関係は上手くいってないが、死のうとまでは一切考えたことはなかった。
「ああ、お前さんはこの猫と出会ってことで運命は変わりつつある。」
「はぁ」
博はただ相槌を打つことしかできなかった。
「まだ完全に自殺しないとは言いきれないが、この猫とどう関わっていくかで未来は変わるね、あとは自分で考えな」
そこまでいうと、占い師はもう終わりだと、椅子にもたれかかった。
この猫が、俺の人生の歯車を変えてくれるというのか。
博は、水晶玉を枕にして寝ている天を見つめた。
「いやぁ〜凄かったね〜」
加藤はそう言って大きく伸びをした。
長々と椅子に座り、疲れたのだろう。
「ほんとに凄かったよ、まさか自分が自殺しかけていたなんて思ってもみなかった」
「ほんとだよ、吃驚しちゃった、あんまり悩みは抱えすぎないことだよ?」
隣を歩く加藤が、博の顔を覗き込んだ。
「う、うん」
あまりの可愛さに目をそらしてしまった。
今この時、完全に加藤のことを好きになってしまった。
24歳にて、3度目の恋。
初恋は中学生のクラスの女子、告白しようか迷った結果、その子が担任の先生と付き合ってることが噂で広まり、そのまま転校してしまった。
2度目の恋は、高校2年、同じテニス部の女子を好きになった。華麗なラケット捌きにハートの弓矢を貫かれたのだ。
しかし、3年の先輩と付き合ってることが発覚し、気持ちは遠のいていった。
このまま、ディナーに誘おうか。
いや、誘おう。しかし勇気がでない。
頼む!勇気よ!俺に分けてくれ!
「じゃあ今日はこれで、お疲れ様でした、ばいば〜い、天ちゃんもばいば〜い」
「じゃあね」
博と天は歩き去っていく加藤の後ろ姿に手を振った。
俺は勇者にはなれなかった。
帰りはそのままコンビニにより、キャットフードとビールとチーズ鱈を購入すると、アパートに帰宅した。
昨日買った餌入れのボウルに、コンビニで買ったキャットフードを盛ると、天が喰種のように食いついた。
博もアサヒスーパードライの缶を開けると、プシューと音をたてて、喉を潤した。
「あーこれからどうしたらいいんだろう」
早くも酔ってきたのか、博が呟く。
「わしもどうしたらええんじゃ、人を幸せにする言うたかって、なにすればええんじゃ」
天もキャットフードを貪りながら、同じように呟いた。
「転職した方がいいのかな、やっぱもっと頑張っておくべきだったなぁ〜」
ビールで喉を癒す。チーズ鱈を口に放り込んだ。
「どこか、不幸なやつ、おらんかのぉ〜」
天がパリパリとキャットフードを噛み砕く。
「もう1回、教師目指してみよっかなぁ〜」
博は高校、大学時代は小学校の先生を目指していた。しかし、教員免許が取れず、諦めることにして営業系に就職した。
往年から数学だけは得意で、学年1位だった。
自分の数学魂を子供に伝授したく、教師を目指したが、夢は叶わなかった。
「誰か手伝ってくれる人いないかなぁ〜」
博と天の目が合う。
「「ここにいるじゃん」」
2人は馬鹿みたいに笑った。
ビールは三本目、完全に酔っていた。
天もキャットフードのはずなのに、なぜか、酔いつぶれたおっさんみたいになっていた。
「博よ、お前もう1回教師目指すんじゃ、わしが手伝ったる、手始めに、まずは博を幸せにしたる」
「さすが徳川家康のペット!心強い!なら明日から教員免許取るために勉強だ!」
ビールを4本目に突入したところで、博の記憶はなくなっていた。
それから1ヶ月がたち、天もアパートに馴染みはじめ、本物のペットを飼っているみたいになった。
アパートの大家からは、危ない時もあったが、なんとか天が自分で隠れたりして、まだバレてはいないが時間の問題だろう。
博は本屋で参考書を買うなどして、仕事の後は勉強に費やす毎日になった。
天も、長年生きていただけあって、そこら辺の教師並に賢く、博の家庭教師になった。
教員資格認定試験は9月の後半に行われる。
現在、3月。あと6ヶ月しかない。
博はこの6ヶ月後の試験に受かるつもりで勉強している。
「あぁ〜ちょっと休憩」
休日の日曜、家で遊ぶことなく、博は真面目に勉強をしていた。
そこらの学生より、勉強しているだろう。
あれからというものの、加藤とはデートらしきことは一切していない。
家にも行ってない。
仕事場で話す程度の関係に戻ってしまった。
せっかく好きになったのなら、やはりデートに誘うべきだ。
勉強をしなければならないが、デートくらい神様も大目に見てくれるだろうと信じ、博は携帯のアドレスの加藤のページまで行くと、指が止まった。
あぁ、勇気よ...俺に勇気よ
「博、お前なにしとんじゃ?」
スマホを眺める博は、集中していてそんなの耳に入ってこなかった。
よし、押そう。
通話ボタンを押そうとした瞬間、目の前の画面が切り替わった。
博が押したわけじゃない。誰かから電話がかかってきたのだ。
って!せっかく覚悟したのに!
そう思ったが、すぐに悔しさは歓喜へと変わる。
なぜなら、電話先が加藤だったからだ。
博は慌てて電話に出て、スマホに耳に添える。
「もしもし」
「あ、もしもし田淵くん?今電話大丈夫?」
「うん、全然いけるけど、どうしたの?」
このまま、デートに誘ってやろう。加藤の要件なんか気にせず、そればかり考えていた。
「来週の日曜日空いてる?」
来週の日曜日?俺が加藤にデートを誘おうと決めた日だ。
「空いてるけど」
「よかった、なら遊園地に行かない?」
「へっ?」
博の手から、スマホが滑り落ちた。
死ねない猫の殺し方 池田蕉陽 @haruya5370
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