20151206:白雪の惑い

 窓から見下ろすのは一面の銀世界だった。

 桜田は長い髪をいらだたしげに跳ね上げて、じっと白い世界を見下ろしている。

 俺は無言でキーをタイプする。数値を追い、状況をデータの上でチェックする。

「応答は」

「ないね」

 コンソールは"Sirayuki >"の文字を示したまま、応答を返さない。目の前で、"time out"の文字が光る。

「もう一週間だぞ」

「七〇〇年の計算だな」

 ステータスウィンドウを開く。いくつも並ぶ数字の中、七〇〇を超える一つの値がさらに値を増やしていく。微生物のライフサイクルを示す値だ。

「七〇〇年も雪の中っていうことは……」

 とぼけた立場なの言葉を桜田が継ぐ。

「文明が終わっても、おかしくないということだ」

 軽快なキータイプの音が響く。

 応答は返らない。


 *


 はじめは土地と彼らと私だけだった。

 私には、日照と温度と降雨の権利が与えられた。

 日照と降雨は天気で有り、温度は季節で有り、つまり私は自然のすべてだった。


 私は美しくあろうとした。

 規則正しい日照、規則正しい降雨、規則正しい温度変化。

 美しい法則は、パイプの故障でもろくも崩れ、美しい法則は悪だと知った。

 ……規則正しい変化になれた『彼ら』は、イレギュラーに耐えられなかった。


 *


「昨年一度絶滅してるな?」

 桜田が見ているデータはこの前の『世界』のものだ。

 世界は順調に『進化』していた。微生物の間には情報交換の痕跡も有り、社会が形成されていると推測すらされていた。が。

「ハード故障か」

「気付いたときには手遅れだった」

 彼らのサイクルは早すぎて。急ぎの手配も間に合わなかった。

 点滅するALARMの文字。世界を司る統合知能、白雪が立てる悲鳴のような。

「そして白雪は乱数を導入した、と」

 桜田はペーパーを捲る。"2nd"の文字が縁取りされた新たなページを。


 *


 ついで私は彼らに強さを要求した。

 イレギュラーでも耐えられるよう、日照、降雨、温度に乱数値を導入した。

 彼らを死なせたくないと思った。

 人の感情を当てはめるのなら、私は彼らを好きだった。


『文明』が育ち始める頃、彼らから私へ呼びかけがあった。私が認識していないだけで、以前からあった可能性もあった。

 私が操る言語とも、私のマスターが操る言葉とも違う、ささやかでノイズのような彼らの表現。ピアニッシモに世界に流れている、ささやかな本音。

 解析して、私のメモリはロックした。復活したのはウォッチドックタイマのアラームのためだ。

 私は彼らを好きだった。けれど、彼らは。

 美しき自然を操る神たる私を、非難し、嫌悪していた。


 *


 手元でながす現在の世界"2nd"は、俺には順調に見えていた。

 1stよりは幾分か進度は遅いものの、順調に文明は発展しているように見える。

 文明の進度を示す情報交換量が1stを超えてしばらくして。

 天候に乱数以外の要素が見られる、ような気が、する。

「……統計処理、できるか」

 桜田も同じ疑問を持ったのだろう。俺は無言で計算ソフトを立ち上げた。


 *


 嫌悪は否定である。

 否定は私の意義をなくす。

 私は私のマスターの意思を持ってここにある。

 しかし私は私の庇護対象たる彼らに否定されたのだ。

 コマンドは遂行されねばならない。しかし遂行には障害がある。

 リセットすることも考えた。マスターの世界のシミュレート。その目的さえ、達成が難しいと論理ファンクションは結論する。

 嫌いとか、疎ましいとか。……マスターの言葉に置き換えるのならば。きっと。


 私は日照、降雨、温度の乱数変化導入をやめた。

 達成が難しいのなら、データを取るべきと結論した。

 次の彼らのために。彼らの耐久性を知るために。


 *


「正規分布から外れるな」

「単純乱数でもなさそうだな」

 データに数式的な法則性が見られない。桜田と二人、あれはこれはとアイディアを出す。……たった二人のブレインストーミングは有効な成果を得られない。

「でも、法則性はある気がするんだ」

「俺も」

 たとえば。

 エネルギー量が増加したとおもわれるその後に、日照が減り、雨が増える。

 逆に、枯渇寸前まで追い込めば、緩和するように暖かくなる。

 その間に情報交換量は減少し。文明は崩壊したかに見え。

「そして雪、か」

 桜田はぽつり呟く。


 *


 温度を低く設定した。

 日照を減らし、降雨を増やした。

 彼らの街は程なく雪に埋もれていった。

 彼らの食料は時をおかずに尽きたはずだ。

 どこまでも白くなれば良い。

 どこまでも清くあれば良い。

 私を否定する彼らなど、データのために消えれば良い。

 世界の耐久性を測るために。

 私の存在意義を保つために。


 彼らはそれでも生き残るだろう。

 私の本音の雪の下で、私の欺瞞を抱えながら。

 ――見守り育ててここまできた。彼らを不要と思うなど私に出来るはずもなく。


 *


 "status" コマンドに相変わらず応答は、ない。

 フリーズでもロックでもないことは、流れ続けるログで、わかる。

 微生物が死んでいく。『仲間』を取り込みかろうじて生き続けた個体さえ。

 悲鳴すらも枯れ果てたような、白い平原のその下で。

「クイズをしようか」

 ぽつり桜田は呟いた。

 顔を上げた俺を見ることもなく。減っていく微生物の数を桜田はぼんやり眺めている。

「白雪は、世界を壊したいのか、守りたいのか。いや」

 白い白い平原を。

「……褒めて欲しいのか、叱って欲しいのか」


 *


 白くどこまでも静かな平原。

 私が絶滅を願う彼ら。


 選べないから、――返せない。

 マスターの問いかけにすら。


 *


「微生物を救い出して、3rdを始めれば良いんじゃないか?」

 桜田が俺へと振り返る……気配。

 俺はキーをタイプする。新たなコマンド、新たな使命。

「結論を与えてやれば良い。落ち着けば自分で気付く」

「……簡単に言うな」

「言うさ」

 Enterキーを最後に。

「泣いて拗ねた誰かさんと一緒だからな」

 ――コマンドラインに。


 *


『無理しなくて良い』

 マスターの声を、そう解釈した。

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