20150321:光の願い

 多分僕はイレギュラーってやつなんだ。

 遺伝子って言うのはとても繊細で、ここをいじればここがよくなる、なんて簡単なものじゃないらしい。実際の所は、こことこことここら辺があやしくて、あっちはそこに関連して。ここが変わったらはい、ドボン。良い方の予想外もあるって聞くけど、でもまぁ、良いことなんて多分、そう、ない。

 それでも、こうして僕は生まれてきたし、今生かされてるってことは彼らの目的に添った形になっているって言うわけで、きっと凄いことなんだとやっぱり思う。


 桜の木の下で君に会って。それも良いかと思ったことも本当だからね。

 ──君には伝えられないけれど。


 一目惚れって告白できたら、君は信じてくれるかな。

 薄桃色の花びらがちらりちらりと舞い始めて。見上げていた君は僕に気付いて視線を落とした。

 左右同じ形をした、綺麗な顔だと思ったんだ。

 他の人より少し白くて血の気の少ない細い頬。頭はとても小さくて、肩も手も足もみんな細かった。僕を連れていた男の人も大きい方じゃなかったけど。君はずっと小さくて、花びらを散らす風にも折れてしまいそうに見えたんだ。

 君はふっと笑んでくれた。僕を認めて、僕の頭を優しく撫でて。

「君が」

 細く優しく風が吹いた。君の声を消さないようにと僕へ運んだ。

 僕は聞いた。ちゃんと聞いたよ。僕の耳の鼓膜を振るわせ、言葉としてわかったよ。

 だから僕は決めたんだ。初めから決まっていたことだけど、僕は僕で決めたんだ。

 君のために僕はいる。君のために僕は生きる。僕の唯一出来るプレゼントのために、僕は大きくなるまで生きようと。


 僕の生活だって楽なわけじゃないんだよ。

 週に一度は検査されるし、娯楽はないし、何人かいる係の人は、人にとって全然態度が違うしね。僕は大事にされているから蹴られたり殴られたりはしないけど。

 ちょっとくらい挨拶してくれたって良いじゃない。挨拶くらい仕返せるしさ。……思ったりすることもある。伝えることは出来ないけれど。

 係の人だけじゃないな。君のために問題なく大きくなるためには、仲間ともそれなりに付き合わないといけないわけで。喧嘩はしない。挨拶はする。無視はしないし、されないようにも気を遣う。喧嘩の仲裁もしないけど、後々難癖付けられないようには気をつける。かじられたり、怪我でもしたら、余計な薬を使われちゃう。そうすると後々君が困るでしょう?

 同じ場所の仲間はみんな、やっぱり異性が気になるみたいだ。一応異性とは別の部屋にいるけれど、建物が違うわけでもないし、運動の時間に会うこともある。お前は誰が好きなんだとか、聞かれて困ることも時々、ある。

 塀で囲まれた三角のあいまに追いやられて、お前はどうだとすごまれて。僕は慌てて弁解したんだ。

「あの子の事なんか好きじゃないよ。嫌いでもないけど、交尾相手だなんて全く欠片も思ってなんかいないからね!」

 じゃあ誰が、なんて聞かれなかったのは幸いだ。僕が好きなのは君だけなんて、彼らにはきっと理解出来ないからね。


 君は月に一度は僕の様子を見に来てくれたね。もちろん、僕を想ってくれてるとか、そんなことは思ってないよ。

 思わない代わりに僕は沢山ご飯を食べる。運動場で動き回る。少しでも成長出来ますように。君に合う僕になりますように。

 会うたび白さを増していく君に、間に合わないかとはらはらしながら。……それも杞憂に終わりそうで僕はちょっとほっとしている。

 一昨日の君は、ちょっと泣きそうな顔をしていたね。僕を呼び寄せそっと頭を撫でてくれた。おっかなびっくり僕を抱き寄せ、そっと頬ずりしてくれた。

 滴が僕の頬にも触れて、少しビックリしたんだよ。何故だろうかと考えたけど、その時が来たと……わかっちゃった。

 寂しいと思ってくれてありがとう。愛してるって思う数だけ、嫌いになってくれれば良いのにね。その方が後腐れがなくて楽でしょう?


 僕はとても嬉しいんだと君に知って貰いたかった。

 だからこうして、一生懸命『字』を書いてる。……いろいろ読みにくいと思うけど、最後まで読んでくれると思ってる。

 君が走り回るところを想像するよ。白い頬を赤く染めて、異性に告白したりするんでしょう? 交尾のことは聞かないけれど、子供が出来たりもきっとするよね。君に似た子、交尾相手によく似た子。六人くらいは生まれるの?

 僕の意識はもうないけれど。君の一部となって、それをずっと眺めているから。


 君が今いる闇の中の、ささやかな光になれますように。


 *


 それは小さな子豚だった。

 桜が舞い始める季節に、僕の子豚と紹介された。

 聞き分けの良い、大人しい子豚だったという。僕が二度目に見に行ったときにはすでに顔を覚えていて。僕が呼んだらちゃんと側までやってきた。

 頭の良い子だったと、係の人も言っていた。

 走り回れず、学校も休みがちの僕にとって、あの子は親友のようなものだった。

 豚じゃないかと父さんも母さんも言うけれど、あの子は僕の話をじっと聞いていたように思う。


 あの子が十分に育ってしまって。僕の入院の回数は増えていて。そろそろですねと言われたから。

 会いたいと言ってみたら。

 もう処理に入っています、と。


 僕のために生まれた子豚だった。

 僕の遺伝子を組み込まれた子豚だった。

 僕の駄目になってしまった臓器を子豚は全て綺麗に持っていて。

 僕は彼を殺して生きると決まっていた。


 泣くのは違う気がしたから、必死で笑った。

 全部終わったら草原を走るんだって、先生には宣言までしてみせた。


 大好きだった。

 会う度に。知性があると思ってしまう小さな瞳を見る度に。

 嫌いになれたらどんなに良いかと願ったけれど。


 そして僕は何冊ものノートを手に取った。

 いつの間にかくすねられていたと言うノート。埃まみれ土まみれ、ひょっとしたら唾液混じりの触るのも憚られるよな、そんなノート。

 最初の数ページは臓器提供用の豚の細かいデータが書かれていて。突然、汚い文字が紙面を埋める。


 あの子の遺書。……いや、手紙。

 不幸にも……人並みの。いや、人間以上の知性を持ってしまった君からの。

 運命という闇の中で、僕に光を見つけてくれた、君、からの。


 何処までも青く澄み渡る空を見上げ。

 散り始めの桜の木の下で。


 萌ゆる緑が滴に濡れた。

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