20141130:生体マシン薬研究局

 やぁ、いらっしゃい。処方箋は持っています?

 此処は薬局なのかって? ちゃんと書いてあるでしょう、生体マシン薬研究局って。略して生薬局。

 そんな穿った目で見ないでくださいよ。ちゃんと薬は出しますから。だいたい、うちに来るって事は、あの医者で処方箋を書いてもらったわけでしょう? 似たようなものですよ。

 効果? 個人差はありますが、今一番汎用的に使われていますよ……としか言いませんよ。コレでも人の身体に関わる『薬』を扱う身分ですからね。薬効がないモノは売りませんが、このご時世、なかなか保証は出来ませんで。


 はい。どうぞ。

 初めてですよね。説明をしましょうか。

 飲むのは空腹時の一回です。食前などもなるべく避けて、一時間以上胃が空っぽの状態を狙ってください。効果は二四時間ほど。一週間続けても定着しないようなら、病院で相談してくださいね。

 薬を飲んでいる間は、アルコールは避けてください。ちょっとなら影響ありませんが、飲み過ぎは薬にも身体にも良くありませんし。

 それだけですよ。では、お大事に。

 あぁ、この愛情処方箋はうちで処分しておきますね。

 効くと良いですね。


 *


 空腹時にカプセル錠を三つ。水、または白湯にて飲み下す。

 カプセル錠は二十一でワンセット。つまり一週間分ということ。

 こんな処方箋で効くのかって?

 一応、臨床試験は通っていますよ。

 メカニズムを知りたい? そうですねぇ。機密に触れない範囲なら。

 こちらにどうぞ。ホワイトボードの方が見やすいでしょう?

 人の思考という物は、脳で成されているのは当然ご存じですよね。

 ストレスを受けたときにはアドレナリンが放出され、リラックス状態ではエンドルフィンが作用しています。有名な物だけでもドーパミン、ノルアドレナリン、セロトニン、一時期流行ったギャバなんて物もありますね。えぇあの、チョコレートの。

 脳内物質というのは、その気分になったから放出される物ではありません。放出されるから、緊張だとか、リラックスだとか、『そんな状態』になるわけです。

 え、何が言いたいのか判らない?

 まぁまぁ、他にお客様もいませんし、少しは付き合ってくださいよ。

 つまりですね。思わず心臓が凍えてしまうような気持ちも、スキップする鼓動も、これらの脳内物質の賜なんです。

 何となく、おわかり頂けました?

 では、ここからが本題です。えぇ、お待たせしました。ようやく本題です。

 脳内物質を適切にコントロールできれば、人の気分と言うものを制御することも可能なハズ。吊り橋効果のように、疑似恋愛を体験することも、です。

 しかし、理論はその通りでも、実際は幾つも難しい点があります。

 まず第一に、これらの物質の生成が容易ではないこと。

 次に、脳に適切に物質を届けるすべがないこと。

 三つ目くらいに、常習性の問題。

 脳には脳血管関門という……まぁ、関所みたいな物がありまして。普通の物質はコレを通過出来ないんです。通過するのはそれこそ血液、酸素、麻薬に覚醒剤……おっと。

 そこで、我が生薬局の出番という訳です。

 特別配合のナノマシン、特別攻撃隊……特攻隊が脳血管関門に取り付き、薬を安全に通すという技術を開発しましてね。コレで脳の適切な部位に適切に薬を……外部挿入した脳内物質を届けることができるというわけです。

 おや。お客さん、ちょっと悪い顔してますよ?

 疑似恋愛といっても、薬事法で使用は特定パートナーに限られていますからね。行きずりの女性などに飲ませたら犯罪だと言っておきます。いいですね?

 納得頂けましたか?

 はい、では……お大事に。


 *


 おや、先日はどうも。その後、如何ですか?

 今日は病院へは。おやそうですか。効きませんで……諦めましたか。

 まぁ、そういうこともあります。あくまでも薬は薬。対処療法に過ぎません。

 出会いなど、探そうと思えばあるものです。元気を出してください。

 え、元気になる特攻隊ですか?

 うちの薬は処方箋が必要なんです。少し気分転換をしてみて、それでもダメなら、病院へ行ってください。処方箋があればとびきり効く特攻隊を処方しますから。ね。

 知っていますか? 生体ナノマシンにも元気な奴と元気じゃない奴がいるんです。もし、お客さんがもう一度くることになったら、元気な奴ばかりをそろえたカプセルを出しましょう。効きも早くて、効き過ぎてしまうかも知れませんね。

 ……あぁ、やっと笑った。良い笑顔じゃないですか。その笑顔のまま、少し出かけてみたら如何です?

 え、本題ですか? このお菓子を?

 そんな、受け取れませんよ。私は仕事をこなしただけです。単なる薬剤師にこんな高価そうな。

 賞味期限も迫ってるし、出かけるにも荷物になるって……お客さん、結構強引って言われませんか?

 判りました。余り普段はしないことですが、頂きます。

 ……そうですね。お茶を淹れましょうか。今日も他にお客さんも居ないことですし。

 こんな私で良ければ……薬の効かなかったパートナーの愚痴の一つでも頂きましょうか。


 あなたはなかなか楽しい方ですね。パートナーの見る目がなかったんでしょう。薬を使わなくても、あなたは十分魅力的だ。

 そう思いますかって、やだな、そんな真剣な目をしないでください。ドキドキしてくるじゃないですか。

 ……!

 手、なんですか。

 僕の手が、何か。

 ど、ドキドキなんて、そりゃ、だって、お客さんが手を……。

 暑いですね。エアコンが効き過ぎているかも知れません。ちょっと失礼を。

 ……ちょっとだけ、です。本当です。に……逃げなんてしません、そんな理由は、そん……!


 君は。君は、君と僕の間に、一体何を期待して。僕は単なる薬剤師で。ナノマシンの技術者で。薬局の店員で。君は、客で。

 いや、ちょっと待て。おかしいですよ。僕はヘテロで、そんな趣味は。

 僕は。


 ………………お客さん、盛りました、ね?


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