20141107:画の中の妖精探し

 風に揺らめくコスモスの草原。

 屋上から見下ろす、傘が降り積もり流れ出したような下校風景。

 無感動に足早に行き来する人々。

 息つく間もなく列車が行き交う踏切。


 何でもない風景を録り続ける。

 素材集めと言い訳しつつ録り続ける。


 きれいな線を描いて飛びゆく渡り鳥。

 真夜中の公園の猫の集会。

 子供溢れる真夏の噴水。

 松明をかかげて滑ってくるスキーヤーたち。


 僕のカメラの中で彼らは確かに有り続ける。


 *


「下見、付き合え。五分で行く」

 誘いはいつも唐突だった。僕は寝起きたばかりの頭で時計をみやる。

 午前二時。

 目を疑った。

「え、ちょ、ま、五分っすか!?」

「じゃな」

 切るが早いか飛び起きた。寝間着を脱ぎ捨てズボンを掴み、携帯電話と財布をぶっこみ持ち歩いてる鞄を担ぐ。顔を洗うのが精一杯で、寝癖までは直せない。

 チャイムが鳴らされ、慌てて開ける。開けなきゃ鳴らし続けるこの人は、近所でも有名になった迷惑人。

「……はよう、ございます」

「いくべ」

 アパートの下に止められているのは何の変哲も無い白いバン。もちろん自家用車であるはずもない。

 助手席に僕が納まると同時に、乱暴に車は発進した。


 大学の先輩だった。就職戦線から零れフリーター人生が決まりそうな僕と違い、かっさらった立体映像コンクール優勝を土産に映像会社に滑り込んだ人である。正社員とはいえまだまだ下っ端らしく、やる仕事の量は多く、予算はないとぼやいている。

 そして僕を、バイトの名目で使い倒しているわけだ。

「今からなら良い感じの時間になるハズなんだ」

 さすがの幹線も車の数はまばらだ。適当に信号を無視しつつ、先輩はアクセルを踏み続ける。やがて高速のインターが見えてきた。

「どこっすか」

「群馬の方なんだがな。ちょっと雰囲気のある泉なんだと」

「PV素材ですか」

「まぁな」

 ぽいと投げて寄越された企画書をあくびをかみ殺し眺めてみる。ルームライトもなく字はほぼ読めない。ただ深い淵のような画だけが街灯に浮かんで見えた。

「ちょっと雰囲気のある連中でな。ファンタジックな画が欲しいんだと」

「どうせネットで調べたとか言うんでしょ」

「これでも、信憑性はあると踏んでんだ」

 ガハハと先輩は豪快に笑う。まぁそう渋い顔すんな。降ってきそうな声だった。

 ガセもデマも信じて体当たりして破壊するような人だ。無駄足上等、当たればめっけもん。……だから、安い僕が呼ばれるのだが。

 車窓から見上げれば、二十日を過ぎていそうな月がいる。淡い雲が月にかかり、白い陰を見せている。

 僕は鞄から愛用のカメラを取り出した。窓を開け、月へ向ける。

 カチャリと音がしたかと思えば、静かな曲が流れ出した。聞いたことのない曲は、映像のあてられる曲のデモ盤か。

「……どうすんだ、これから」

 曲が流れ、二回目のイントロが流れている。

「どうするも何も。僕には先輩のようなチャレンジは無理ですよ」

 二年前。先輩は就職するための最後の切り札として望んだプロジェクションマッピングを成功させた。僕もチームの一員として参加した。

 街を飛び回るピーターパン。ピーターパンに纏い煌めくウエンディ。豪雨をスクリーンに文字通り、街の『中』を飛び回る。

 今思い出しても鳥肌が立つ。

 その映像の最後。コンクールに提出した中には含まれなかったENDの、その後。

 永遠の子供に呼ばれたかのように豪雨の中に消えた子供は。

 僕の幼い従姉妹だった。

 参加はしたが、まだ卒業年度に達していないことと……得たものより遥かに大きなそれの為、暫く大学にも寄りつかずにいたせいで、そのおこぼれに与ることも出来なかった。

 それでもどうにか卒業単位までこぎ着けたのは、彼女の両親にこれ以上心配をかけさせないためだった。

「撮り続けるんだろ」

「……僕にはそれしかありませんから」


 無言のまま、日が出る前に車はインターを降りた。そのまま川沿いに山へ向かい、ナビが指示するままに、砂利の駐車場へと辿り着いた。

 指示されることもなく、いつもの通り、機材を担ぐ。

 二つのヘッドライトが照らす獣道を黙々と歩く。

 見上げれば、木々の隙間から覗く空が白んで来たと思える頃、水音が聞こえて来た。

「ここだ」

 ほのかな熱が伝わってきた。

 空気が、違う。

 最後の茂みをかき分ける。感嘆の声がする。

「すげぇわ、こりゃ」

 流れてきたのは温風。

 明るくなり始めた中に佇む小さな滝。滝の下には水たまりか泉と言うべきか。暖かいのは温泉だからか。周囲から青いままの紅葉がきれいな枝を伸ばしている。

 僕は機材を投げるように置くとカメラを構える。沸き立つ湯気が差し込み始めた朝日に輝き。

 こんな場所なら。

 こんな時なら。

「お前の画には雰囲気がある。俺はそう思う」

 歓喜よ、永遠たれとばかりに妖精が舞い飛んでも。ネバーランドの扉が開いたとしても。

 映像の中、あの子が無邪気に遊んでいたとしても。

 おかしくはないのではないか、と。

「コンクール向きじゃないし、メジャー向きでもないが、ある種の人間には受ける画だと俺は思う」


 風に揺らめくコスモスの草原。

 屋上から見下ろす、傘が降り積もり流れ出したような下校風景。

 無感動に足早に行き来する人々。

 息つく間もなく列車が行き交う踏切。


 何でもない風景。

 何処にでもある風景。


 きれいな線を描いて飛びゆく渡り鳥。

 真夜中の公園の猫の集会。

 子供溢れる真夏の噴水。

 松明をかかげて滑ってくるスキーヤーたち。


 例えば、気まぐれな妖精が舞い遊んでいても、誰も気付かないような。


「うちに来ないか。あの子を探し続けるんだろ」

 甘ったるいの作り方を教えてやるわけじゃないが、と。


 飛び立つ小鳥を追って、カメラと共に空を仰ぐ。

 映像の中に消えてしまった幼い従姉妹が、笑っている気がして。


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<お題>

コスモス

青いままの紅葉

歓喜よ、永久たれ

傘が降る

甘ったるいの作り方

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