20141031:Halloween Fantasy
今日は地獄の窯の蓋が開く日。
バスの外、どこからともなく蝉の声が響いてくる。
ぼんやり見やる窓の外は気付けば朱に染まっていて、見る間に黄昏れ色が深くなる。
ガタンゴトンとバスは揺れる。揺れる度蝉は遠くなる。
座席に無造作に置いた手を握るその手も薄くなる。
悪霊たちが世に現れ、悪戯をして回る日だ。
感度の悪いラジオから、そんな言葉が流れ来る。
バスは深い森へ入っていく。日が沈みきり、街灯もなくただ真っ直ぐに伸びる道をバスの明かりだけが照らしている。
唐突に森が終わりを告げると、そこはすっかり、黒とオレンジと黄昏れ色と炎と闇に包まれていた。
玩具のような家々がカボチャのランタンに飾られて。バスが辿る細い道を魔女やお化けが過ぎって行く。
ファンファンとクラクションと共にバスは賑やかに停車した。
「何処へ行っていたんだい」
「すっかり待ちくたびれていたよ」
一人降り立つ私の前で、カボチャは笑い魔女はくるりと宙を舞う。
今日はハロウィン。万節祭。トリック・オア・トリート。お菓子くれなきゃ悪戯するぞ。
コウモリと猫が私の足に絡んできた。
そういえばチョコレートがあったかしら。
あなたがかけた魔法は今も私の手の中にある。
すっかり冷えた手の中で溶けることなくあり続ける。
「私は魔法にかかったの?」
「さて、どうかしら?」
ふわりとつばをつまんだ指先が、三角帽子を振り上げた。黒とオレンジが瞬く間に色をなくす。
スカートに絡んだ雪をなでつけ、手の中の誘う欠片に目を落とす。
チョコレートは魔法だ。甘くとろける誘惑に紛れ、僅かな熱も寒さも苦み痛みも覆い隠す。
バレンタインデーをはじめたのは一体誰かしら。
「願うなら、笹の葉の音にのせて」
かけたあなたしか解けない魔法。笹の葉の音と共に願いは天上(そら)へと吹き上がる。
届いたかしら? 聞こえるかしら?
ふいに現れた指先は、短冊をついとつまんで宙に溶けた。
満天の星が降る。宝石のごとく降りしきる。
一つつまめば、それは戯れ言。人々の願いの隙間、交わされるのは他愛もなく。
波の音に紛れて消えた。
波間に月が昇っていく。漆黒の空のその中に、白い月が昇っていく。
そうか、今日は十五夜か。
「左様なら今日は末日ね」
月にかぶせた三角帽子にさまよう指先が添えられて。
「あなたがあなたである時の」
ふわりとあなたが立ちのぼる。
「また会えたわね」
それは魔法。魔女のあなたが私へ放つ最初で最後の一撃。
冷たいほども整った貌がチョコレートを溶かす柔らかな温度を持つ。
――そして私は魔法へ落ちる。
あなたの魔法は世界を包む。広い世界へ行き渡り、くるりと曲がって宙を閉じる。
閉じた世界は宝石のように、キラキラ輝き時を畳む。
数多の時は今一瞬で、一瞬が世界の全てを生む。
「気は済んだかしら」
あなたの伸ばした右手は私の首を優しく支え。
そっと差し出した左手が『私』をそっと、取り出した。
*
「お帰りなさい」
私がそっと手を抜けば、少女の形はほろりほろりと崩れて消えた。
人一人分の『時』を秘めた宝玉の欠片だけが私の手の中に残る。
私の影だけを連れて時を旅したこの欠片は、人一人分の力を持った命に変わる。
万節祭の夜だから。命無きものに本物が宿っても誰もおかしいとは思うまい――。
だから。
かかげた欠片は宙に溶ける。己を守る殻を抜けて。私の手の届かない現実(リアル)へと。
「いってらっしゃい」
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<お題>
<一般お題>
とる(変換可) → 取った
左様ならの末日
宝石と戯言
さ迷う指先
「また会えたね」
<季節お題>
お菓子をくれなきゃ
魔女の一撃
君(あなた)がかけた魔法
君にしか解けない魔法
ハロウィン
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