20141115:木犀の告白

 その日は可奈子の結婚式当日だった。

 双子の姉妹として出席するはずの白香(しろか)はついに式場に現れることはなかった。その後、姿を見たものがいないまま、失踪届けが警察へと提出された。

 可奈子の元へそれが届いたのは、新婚と呼ばれる期間が過ぎようとしている頃、お腹に新たな生命を宿したと知った、その日だった。


 『告白』


 真白い封筒に良く見知ったかわいらしい文字で、たった二文字、そう記されていた。


 *


 かなちゃん。結婚おめでとう。そしてきっと、妊娠しているよね。おめでとう。

 今、幸せですか。


 突然消えることになってごめんなさい。私は今、金木犀の下でこの手紙を書いています。

 手紙の配達はちょうど一年後にしようと思っています。知ってる? 郵便局がね、長期の手紙預かりのサービスをやってるんだよ。まさかこんな風に使うことになるとは思わなかったけど。

 ちょうど一年後に届いたでしょうか。


 金木犀の季節は私たちの生まれた季節だね。かなちゃんが金木犀のカナから、私が銀木犀のシロガネから名前をもらったってお母さん言っていたね。

 生まれた季節で、甘くて良い香りで。だから私、この季節が大好きです。でした。


 かなちゃんは? まだこの季節がすき?


 昔は良く二人で庭の木犀の木を眺めたね。

 小学校四年生の時、図工の写生に木犀を選んで苦労したね。

 五年生の時、好きな植物はって金木犀って答えたら、トイレの匂いだって言われて二人で泣いたよね。

 六年生になって、かなちゃんがいなくなって探して。落ち葉の上に座り込んで、金木犀に守られるみたいに寝こけているのを私が見つけた、なんてこともあったよね。

 そう。六年生のあのとき。気付いていれば良かったんだ。


 旦那さんはどう? 仲良くやってる? もうちょっと話す時間があれば良かったと思うけど、かなちゃんは家を出ていたし、私も家にはあまりいられなかったし。会えなかったよね。私たちほど似てない双子もないだろうから、『どっちだ』って遊びが出来るわけでもなかったし。……そこまで頑張ろうと思えなかったのが一番かもしれないね。

 うん。旦那さんと会話しておきたかったのもあるけど、今思えば、もっとかなちゃんといたかったと思う。あ、変な意味じゃないよ。ただ、本当に、もっといたかったとは思う。

 何処から私たちの鎖は縺れてしまったんだろうね。縺れて結ばってしまって。多分、もうこうするしかなかったんだと思うんだ。


 かなちゃんは、今、幸せですか?

 旦那さんは優しい? 愛してもらってる? かなちゃんは旦那さんをちゃんと愛してる?

 私より、旦那さんを好きって言える?


 ……あ、言わないで。やっぱり言わないで。悔しいから。


 私はかなちゃんが好きだよ。多分ずっと、生まれたときから。これからもずっと。多分、旦那さんより愛してる。

 中二のあの、金木犀の下のこと。忘れたことはないよ。二人とも若かったよね。幼かったって言った方がいい? 結局あれで、私は引きこもることになっちゃった……でも、後悔はしてないから。


 うん。断言できるよ。

 私の還る場所はやっぱりかなちゃんの元しかないって。

 こんな形でしか、言うことは出来ないのだけど。


 知ってる? 金木犀の花言葉は『高潔』なんだって。

 プライドが高いかなちゃんにぴったり。

 ……そんなこと言ったら怒られそうだね。


 木犀ってね。日本には雄株しかないんだって。種が付くことはないんだって。

 聞いたときになんだかなーって思っちゃった。

 私たち、今はこんなに違うのに、生まれたときはそんなに似ていたのかしらって。


 ……思ったから、かな。

 鎖を解くためには、そこまで還らないといけないのかなって。



 今日……あ、えーと。この手紙を書いてる今日。当日ってやつね。

 私は全部解きに行こうと思っています。

 この手紙を書いて、郵便局に預けたら。

 もしかしたら、手紙自体が消えてしまうかもしれないけれど、そうしたらきっとかなちゃんも私を覚えてないね。

 だから、いいかなって。

 零か百かになるのなら、途中なんていらないもの。


 何をどうするかってのは、聞かないで欲しい。かなちゃんであっても答えられない。

 ただ、言えるのは。

 鎖は切れるか解けるかのどっちかってこと。

 全てが終われば、私はこんなXXYなんていう中途半端な私じゃなくて。

 かなちゃんの側に要られるはずだと信じているから。




 かなちゃん。一年遅くなっちゃったけど、結婚おめでとう。旦那さんと末永くね。

 お腹の子は男の子だよ。きっと元気に生まれてくる。


 今までごめんね。ありがとう。そして。今後ともよろしくね。

 一旦ここで、さようなら。


 From 白香


 *


 読み終わり、可奈子はそっとお腹に手をあてる。まだ小さすぎて性別もわからなかったけれど。

「じゃぁ、銀司にしようか」

 白香の行方は知れない。どこぞの雑踏に紛れているかもしれない。どこかで身を投げてしまったのかもしれない。そう、独り信じていたのだけれど。

 孫を今や遅しと待つ両親を。一人っ子だと信じて疑わない旦那を。

 ようやく今、可奈子は理解した。

「……今度はちゃんと愛せる。私ももう逃げたりしない」 

 うすらと抱いていた虚無感にようやく意味が見つかる。

 あの日。白香が告白の文章を書いた当日。

 白香は宙に解けたのだ。


 いや。


 この世界を出た、のか。


「早く還っておいで」


 お腹の中の小さな小さな愛すべき息子をそっと抱きしめた。



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