20141005:ゴミ捨て場のフェイクブーケ

 街を赤々と染め上げて太陽が沈んでいく。冬の始まりのこの時期は、職場からそれを眺めることになった。

 五時を回り定時の鐘が鳴り響く。僕は溜息と共にラストスパートを開始する。

 カウントダウンは始まっていた。午後五時から始まる遅刻(リミット)までの。

 仕事を終えて午後六時。少しばかり弾ませた息で街へ出る。頼んでおいた物を受け取り、見上げた先、ビルの向こうには疑似昼板が月と並んで耀いている。

 夜を飲み込みネオンも霞むそれは、昨年完成したエネルギー問題への解決策の一つだった。

 ――この街に夜はなくなった。明るい昼間と、薄ぼんやりと明るい昼間があるばかりだ。

 

 息を弾ませ道を急ぐ。昼板が注ぐ陽向を選び、ひときわ明るいネオンをたどる。昼間より明るい駅舎に飛び込み、滑り込んできた特急に飛び乗った。

 ドアが閉まる。僅かなGにふらつきながら、座席のポールにしがみつく。襲った眠気に膝が折れ、慌ててポールを掴み直す。

 寝てはダメだ。今は『昼間』 僕は、まだ。

 がたんごとんと電車が揺れる。淡い昼の中を進む。車窓を眺める。白々しい街が何処までも何処までも続いている。

 三駅を通り過ぎ、四駅目で停車する。僕の目的駅はまだ先で。

 押されるように座席に収まる。帰宅ラッシュは今が盛りだ。


 ふいに場違いな曲が流れた。唐突に曲は切れ、次いでボソボソと声がする。幾人かはほっと端末へ目を落とし、幾人かはふぅと息吐き目を閉じる。

 僕は携帯へ目を落とす。ダウンを続けるカウントを見て、ほんの少し身じろぎした。

 眼を閉じればイメージが浮かぶ。淡い光の街の中、縦横無尽に張り巡らされた包囲網。僕が何処へ行こうとも、見えない鎖はしゃらりと澄んだ音を立てる。


 乗客が降りて乗ってを三度ばかり繰り返し、僕はようやくホームに立つ。

 駅を二分し片方は暗く、他方は淡い光の中にある。集光性を集めた昼板はこの辺りにその光の縁を配した。僕は縁を、僅かに光が集うラインをたどるように歩き出す。……それはせめてもの、抵抗だったのかも知れない。

 眠気はピークに達していた。歩いているはずなのに、所々で意識は途切れる。途切れて『夜』に傾いていく。ぐらりと傾いだ衝撃でどうにか持ち直す有様で。

 でもまだ『僕』は昼にいる。

 せめて、君に会うまでは。約束を果たすまでは。


「代役なんだけどね」

 言いつつ君ははにかんだ。代役といえど本物のオペラ。そうそう回ってくるものではないのだと、いつか君は言っていた。だから。

「おめでとう」

 夢への階段をまた一つ登った君に、僕は拍手と共にそれを贈ろうと思い付く。それを話す覚悟とともに。

 今日のマチネがデビューになった。ネットで知って心に決めた。今日が、その日とわかっていても。


『僕』はまだ、『昼』の中にいる。


 いつか主役になるのだと、君は静かに語っていたね。

 最も尊敬する演出家の元で、彼のシングルキャストになるのだと。

 僕も、そうありたいと願っていた。


 彼女の住処は『夜』の中に沈んでいた。

 僕は息を呑んでそれを取り出す。

 闇夜に耀く光の花束。……光ファイバーで出来た造花だ。

 僕が願うのはただ一つ。

『夜』につかまったり、しないように。

 後少し。あと。あ……。


 *


「随分遅刻してくれたじゃないか」

 振り返れば『昼』は向こうまで移動していた。造花は白々と輝きを放っている。

『俺』が届けても、そりゃまぁ、いいんだけど。

 スイッチを切れば、花束は単なるファイバーの固まりになり果てた。

 ぷるると携帯電話が音を立てる。通話を押してみれば、鎖をたどった彼女の声。

 良い声だとは思うけど、俺の好みじゃないんだよね。

 ま、運が良ければ、そのうちどこかで交替してやる。『昼』に捕まったその時に。


 邪魔になった『荷物』をゴミ捨て場に投げ捨てる。

 衝撃で入ったらしいスイッチで、淡く淡く花束が己の存在を主張するのを背中に見やり、俺は闇を辿って歩き出した。


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<お題>


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造花の花束

夜を飲み込む

午後五時からの遅刻

見えない鎖

ダブルキャスト

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