20141010:パフェの契約

※本作品はフィクションです。

※即興のため、架空世界のでっち上げが出来ませんでしたが、

※平行世界の物語と割り切ってお読みください。


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 独り歩きの影には気をつけな。あんたに反して立ち上がることがあるからな――。


 中二病全開メッセージを見て、登喜子は思わず画面をオフした。

 早まったかな。不安がさっそくたちのぼる。

 商店街を抜け住宅地へ入る。ただでさえ少なくなったネオンが途絶え、街灯の明かりがぽつりぽつりと道を照らす。駅からちらひら同じ方を向いていた人々も、先ほどの角でほとんど別れた。

 まさに、独り歩きの影が足下に長く伸びている。

 けれど他に一体どんな方法が。

 登喜子は溜息ついでにスイッチを入れる。twitterやMLや、登喜子が押さえる情報ツールでは皆が皆、反対ばかりを意見しているというのに。

 防衛隊の海外派兵が決まったのはつい先週の事だった。待ってましたとばかりに派兵部隊が選出されたのは昨日のこと。登喜子とおそろいの指輪をした男性の名前を添えて。

 抑止方向での物事は遅々として進まないのに、不公平だと登喜子は思う。

 思うついでに調べた相手に愚痴混じりのメッセージを送り、その結果があれだった。

「馬鹿だ。あたしも、アイツも」

 反対。反対。この国は利用されるだけ。大国の言いなりになるな。憲法違反だ、条約違反だ。人道主義が、安全が。

 煌々と点る画面の中、踊る言葉は怒りと正義に満ちていて。

 じわり、涙が浮かぶ。……当事者の端に位置してみれば、なんと白々しく薄っぺらい正義だろう。

 ふと気付いたのは、気配ではなかった。音はなかった。匂いでもなかった。

 スマホを持つ手のその向こう、影が動いた気がしたからで。

 登喜子は慌てて顔を上げる。そこに。

「その涙の意味を問いかけても良いのかい?」

 差し出された白薔薇に、出かけた涙は跡形もなく消え去った。


 社会人となり数年経った登喜子には、その影は十分若い少年に見えた。

 身長だって登喜子とそう変わらない。声も幾分高い気がする。スリーピースはどこかだぼ付き、成長を見越して制服を与えられた中学生にしか見えない。

 今だって、24時間営業のファミレスでパフェを思い切りぱくついている。スプンに山盛り乗せたアイスを大口あけて一口で含み、にたりと笑みを漏らしている。壊した貯金箱の中身を握りしめて、ようやく憧れの甘味にありつけたとでも言うように。

「君がどう思ってるかくらい、私には丸わかりだ」

 口調と声とクリームだらけの表情が合っていない。

「頼りない少年に見えることだろう。だが、これは世を忍ぶ仮の姿だ」

 どうも舌足らずに聞こえる。言い慣れてない、とでも言おうか。

 第一これは登喜子のおごりだ。報酬は前払いだと少年は言うけれど。……姉が弟にせがまれた以外の何に見える?

「して、依頼だが」

 カランとスプンがグラスの中で音を立てた。気付けばへばりつくクリームを残して、パフェは見事に消え去っていた。

 少年はクリームの付いた口のまま、登喜子に向かい背を正す。つられて登喜子も背を伸ばした。

 依頼をしたのは、君だね?

 確かに彼は街灯の灯りの届かない闇の中でそう言った。

「婚約者を戦場に行かせたくない。そういうことでよろしいか」

 登喜子は唇を噛む。少年をじっと見る。

 確かに願った事はそれだった。国も防衛軍も関係ない。登喜子が願うのは、ただ、彼が戦場に行かないこと。

 見返す少年の目は、まるで不安など何もないかのようで。

 登喜子を見据えたまま、薄く口元に笑みを浮かべた。

「その依頼、引き受けた」

 ばんとテーブルが鳴らされる。ガチャリとグラスが音を立て、倒れる、思ったその時に。

 少年の姿はファミレスの何処にも見当たらなかった。

「お下げしてもよろしいでしょうか-?」

 マニュアル通りに声をかけた店員を見、登喜子は真正面を見る。

 脳天気な音が鞄から流れ、慌てて手に取ったスマホには、一通のメッセージが入っていた。

「大団円の迎え方を、教えてやる」

 少年のアドレスだった。そして。

「外に出て、南を見ろ」

 登喜子は財布をひっつかむと、慌てて指示に従った。


 南には基地がある。

 婚約者の職場であり、輸送機、ヘリコプター、戦闘機なんてものも配備さえる国内屈指の基地の一つだ。

 会話にも困るほどの騒音をたて、また一台、低空飛行のヘリコプターが頭上を過ぎった。吹き抜けた風は、ローターに乱されたモノかもしれないとぼんやり思う。

 基地は明るい。幾本もの水銀灯が煌々と滑走路を照らし出し、ライトを付けた車両が行き交う。今まさに飛び立たんとする輸送機も真昼のように明るい光を前方に投げている。

 お祭り騒ぎ。

 そう形容しては、不謹慎だろうか。

 音を立てて飛び立つ輸送機を眺めていた登喜子は、ふと影に気付いた。

 高さ制限のある基地周辺で、限界ギリギリの高さを持つビルの上、小さな黒い影を……。

 ぶぅんと響いた空気に、ふと登喜子は目を向けた。基地の脇、少しばかり開けた場所に巨大なヘリコプターが停まっている。

 ――まさか。

 直感でしか無かったけれど。

 薬指の指輪が、熱い気が、して。


 登喜子は思わず駆けだした。とはいえ、届くハズもなく。

 目の前でふわりと気体が浮き。

 あっという間に上昇し、向きを変えて飛び去ろうと……。


 ぼん、と。聞いた気がした。

 そして。

 夜空に華が咲いた。


 *


「残念ね」

 登喜子はリンゴの皮を剥く。彼は深く溜息をつく。

 国内で起こったヘリコプターの尾翼をへし折るというテロ行為、次いでマスコミ各社から流された「暁の平和団」からの犯行声明に、海外派兵は延期となった。

 登喜子はリンゴを切り分け、彼へそっと差し出す。

 ベッドの脇に置かれたつけっぱなしのラジオから、「暁の平和団」の次なる犯行が発表された。


 中二病の彼の巨大パフェでの契約は一体何処まで続くだろう。


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<お題>

独り歩きの影

その涙の意味は

夜空に咲く華

大団円の迎え方

壊した貯金箱

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