20140926:それはいつもの奇妙な夢
「やっと見つけた」
満月が見下ろすその下で、私を呼び出す声がする。
ずっと探していたのだと、ずっと信じていたのだと、虚ろな眼差しで女は語る。
「あの人が私に会いに来てくれますように」
供えるのは星座の神話になぞらえたものと決まっていた。水瓶座の水瓶、魚座のリボン、射手座の弓、大熊座でテディベア、なんてのもあったかな。
何でも良い。しばりはない。でも、いつの間にやらそんな風に言われていたし、私は別に拘らない。
祈る間に供え物に手を触れる。人の姿の時もあれば、猫に化けてるときもある。姿を消して、風のように触れることも、降りしきる雨になることもある。
思考が読めるのが一つ目の条件で、私がその気になるというのが二つ目の条件だ。
もし、目を開けたときに消えていたら、契約成立の証。私がその気になった証拠で、供え物が私の手の中、形を変えた証拠でもある。瓶なら鈍器、リボンは紐。弓は現代の飛び道具拳銃に変わったっけ。
女の供えたハープの弦は、私の手の中テグスに変わった。細くて鋭い金属の。首を絞めるのにちょうどよさそう。
祈り終え、目を見開く彼女の元からとんと一蹴り飛び立った。月へ向け、星に手をかざし飛び上がる。私の故郷、夜の帳のただ中へ。彼女の溢れんばかりの思考と共に。
女の願う『あの人』は探すまでもなく見つかった。お月様は全て見ている。お月様と通じた私に隠し事なんてできゃしない。繁華街のすぐ脇の街灯の消えそうな公園の中、若い女と抱き合っている。だらしのない思考がダダ漏れで、はっきりって反吐が出る。
今日の得物はテグスだし、二人まとめて縛り上げるのは簡単だけど。彼女の願いは違ったっけ。
男を彼女の元へ行かせる。力業に出来ないのが面倒ね。
さて。どうしよう?
テグスを自分の頭に刺す。思考は神経説に発生する電流とされている。
金属テグスはよく電気を通しそう。ね、キスに酔ってるあなたもそうは思わない?
風のように彼女の後ろへ。ちょっとだけ『思考』を貸してね。
テグスの先を彼女の頭へ。極細の糸は音も無く深く突き刺さり。
『ねぇ』
私は呟く。
「ねぇ」
男のキスを脱した女が口を開く。
『あの人と別れてくれた?』
「あの人と別れてくれた?」
明るければ、彼女の目がきっと焦点が合ってない。経験でよくわかる。でも今は見えないね。瞬く明かりのその下で、何を言ってるって顔してるくらいはわかるけど。
『あの人と会ってきっぱり別れてきて』
「あの人と会ってきっぱり別れてきて」
「別れるも何も、あいつとは……」
そうね、何もないわね。でもいいの。それが彼女の望みだから。
私はそっと女に近寄る。二人羽織のように身体を重ねて、腕を重ねて。
公園に巣くう闇の隙間で。
『この先はその後』
「この先はその後」
男の唇を女の手で遠ざけ、一歩下がる。街灯の光のない場所まで、もう数歩。
繰り人形となった彼女は疑問を感じることもなく、従ってくれる。彼女の脳の伝達のままに。
「……待ってろ、クソッ」
駆け出す男にオマケとばかりに手を振って、そしてテグスを引き抜いた。
ふらりとよろけ、途切れた『思考』について行けなくなった女は、その場に倒れた。
月は地上を照らし出す。
月は夜の事物を全て見ている。
男は女の家へ走って行く。
女は準備万端待っている。ナイフを研いで、その時を。
……おめでとう、は言わない方がいいかしら、ね。
月を見上げ、私は軽く地面を蹴る。
浮遊感のまま、空を舞う。
月が今宵の役目を終え、朝日が街を照らすまで。
目覚ましの音を聞く。カーテンで遮りきれない光から逃げるように布団の中に潜り込む。手だけで目覚ましを止め、あと五分。
一回目のスヌーズで観念して起き上がる。足をずらして床へ着け、ベッドに腰掛け瞬きすること二度三度。
こうして一日は始まっていく。窓を開ければ世界は今日も美しく、私を歓迎してくれる。
窓を開け、空気を入れ換え部屋を出る。トーストとコーヒーの香ばしさが充満するキッチンへ私は元気に入って行く。
「おはよう。変な夢見ちゃった」
テレビでは冷静なアナウンサーが朝のニュースを告げている。遠くの街の土砂災害、都会の真ん中の火事騒動。そして通報と同時に事切れた、男女の無理心中の跡。
私はいつもの通りに聞き流す。真剣に聞いていたらご飯が不味くなっちゃうし。
今日見た夢も変な夢だった。それを私は知っている。
『私』にとっては、夢だから。例え、それが、ニュースの中身と一緒だったとしても。
「日直だって言ってなかった?」
「かあさん、今日は出張だから」
「おねーちゃーん、あたしの靴下知らない-?」
今日も何事もない一日が始まる。
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