20140920:ずっと
そのフーと呼ばれる風の妖精は神様になることを夢見ていました。
神様と言っても全知全能の唯一神などと言った大それた存在ではありません。
例えば、村の隅に小さな祭壇がもうけられ、野の花で出来た子供の作った花束のようなお供えがいつもあり、年に一度くらい祀ってもらえるような。
例えば、強風渡る谷の上に、旅の安全を見守る為だけに祀られるような。
例えば、夜の闇に潜む小悪魔を寄せ付けないために子供と一緒に唱えるおまじないに、その名が織り込まれるような。
頼られるほど力もなく、当てにされるほど頭が良い訳でもなく。出来ることと言ったらずっとそばにいることくらい。
だから、そんな、『いて当たり前』の神様に。
「だってフーはいてくれるだけで何も出来ないじゃんか」
村で唯一妖精を見ることの出来る少年はフーに言いました。
少年は身体に似合わない鍬を振り上げ振り下ろし、よろけながら畑を耕します。
というのも、少年のお父さんは去年なくなり、お母さんも寝込んでしまうことが多くなっていたからです。少年が思い鍬を振り上げないと、畑は荒れ、食糧も尽きてしまいます。
フーはなんとか助力したいと思い風を巻き起こしましたが、畑の土が乾いて舞い上がるだけでした。
「フー、いたずらはやめて! 目に埃が入った!」
フーは風をとめました。そして、苦手な土の妖精に、暫くフーが村を去ることを条件に、少年の畑の実りをお願いしました。
村を出たフーは、風に乗ってゆく宛てもなく村の回りをさまよいました。暫くして、折角だから少しばかり遠出してみようと思い立ち、商隊について行ってみることしました。
久方ぶりに見る村以外の土地は広く、遠く、フーの風で翔ても、とても見て回れないほどでした。
ふと立ち寄った森では年老いた妖精に出会いました。年老いた妖精はフーを見て、「塔に近寄るでないよ」と警告し、そして「ワシは安泰じゃ。グリム童話になれたからの」とヒヒヒと笑いました。
さらに森を進むと、岩山に出ました。岩山は白い石で出来ていて、その下には泉が広がり、森の木々が乗り出すように枝を張っています。ちょうど空いた隙間からお日様の光が差し込んで、泉はきらきらと耀いていました。岩山もまるで耀くようです。
泉の側にも妖精がいました。妖精は「トールキンという作家に見つけてもらったの」と謳うような声音でフーに語りました。
行く先々に妖精がいました。妖精達は人間に『見つけて』もらい、神様のように人間に語り継がれていました。語り継がれる存在となった妖精達は、フラフラ風に乗るだけのフーを見て憐れみの視線を投げかけました。
人間達は誰一人フーに気付かず、フーが起こした風を時にはやっかみ、時にはありがたがりもしましたが、それだけでした。
ついにフーは、人間の誰一人いない砂漠で立ち止まってしまいました。人間がいないから、人間に『見つけられた』妖精もいません。ただフーを中心に巻き起こったつむじ風が一旋空に駆け上がり、消えていきます。
風を何気なく目で追ったフーは、満点の星空に気付きました。
何も言わずただフーを見下ろす星空に、いつの間にか嗚咽が漏れていたことを。
暫くフーは気付かずにいました。
季節が二つばかり過ぎ、フーは元の村に返って来ました。土の妖精は残念そうな顔をしましたが、何も言いませんでした。
暫くぶりに見た少年は、少しばかり、ほんの少しばかり大きくなって。けれどまだ重そうに鍬を振り上げていました。
少年が流す汗に、フーは埃を巻き上げないようにささやかな風を吹かせます。
ふと、少年が顔を上げました。
「何処に行ってたんだよ、フー。お前はこの村を見守る妖精なんだろ?」
少年はひどく不機嫌そうでした。けれど。
少年が。村が。……世界が。耀いたように、思われました。
「ただ居るしかできないんだから、ずっと居れば良いだろ」
少年は不機嫌そうなまま。また鍬を持ち上げました。
フーは少年に汗を乾かすだけの風を送りながら、村を見て回ります。
お腹が大きかった少年の従姉妹の手には、赤ちゃんがいました。
元気に歩き回っていたはずの村一番のおばあは、なんだか一回り小さくなり、足を引きずっていました。
薪割りのヘタだった青年が薪割りに失敗したら、しっかりしなさいなと声をかける女性がいました。
ハイハイしか出来なかった筈の幼子が、あぶなっかしい足取りで壁伝い歩きをしています。
ふと。フーと目が、合いました。
村を一周してきたフーは、少年の元に戻りました。
汗を乾かすだけの風を、ただ贈り続けます。
「ねぇ。僕ようやくわかったんだ」
少年はちらりと視線を寄越しただけでした。
「ずっとって言ってくれてありがとう」
なりたいのは神様でも童話の登場妖精でもありませんでした。
「僕はずっと、ここにいるね」
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<お題>
渡る
かける(変換可)→翔る
世界は輝いた
グリム童話
星と嗚咽
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