20140907:王様逃亡顛末記

 ようやく探し当てた我が王は、私を見て、いや、私の耳をじっと見つめてぽつりとおっしゃいました。

「整形、幾らぐらいしました?」

 整形? 何のことでしょうか。

 ふと見れば、我が王は……王であるはずのその女性は、円くふくよかな耳をしています。

 切り取った不自然さも、魔術で身体を変えた気配もありません。一歩下がってつま先から頭の上まで見てみれば、細く高いかかとの華奢な靴、足のラインを見せつけるかのような短い丈の腰布に、露出過多の上着。我らの魔力を削ぐ鉄製のアクセサリー。

「そんな、ありえない」

 怪訝な顔をされても、私とてどう返して良いのやら皆目見当もつきません。

 もう一度、女性の右手、薬指を見てみます。

 創造を司るこの指にあるのは、確かに我らが王の証。王冠を模した銀の指輪です。王冠の中央にあるのは我らの象徴、月を司る月長石。『力』も確かに感じるのに。

「……指輪、ですか?」

 女性は隠すように指輪をいじります。きらりと確かに青く蒼く光が零れました。

「露店で買ったんです。公園のフリマの」

 ……私はそんな途方にくれた顔をしていたでしょうか。女性は訝しむような視線の中に、どこか憐れみのような色を混ぜ、背後を振り返りました。目眩がするほどの人波の向こう、木々が凝った辺りを示しているようでした。

「一点物じゃないみたいですから、まだ売ってるんじゃないですか?」

 じゃ、急ぐんで。

 言い訳のように口にすると女性はするりと私の脇を抜けて行きました。

「あっ、ま……」

 待ってください、とは言えませんでした。

 ――今度は大柄な男性の指に同じ指輪が、あったので。


 行き交う人々の耳は皆円く、何故か目を止めた人々は、僅かばかり隙間を開けました。それは足を運びやすくもあったのですが……やはり私は場違いでしょうか。

 この世界の人々は皆草原の民のように軽装でした。そして、山岳の民のように様々な金属を身につけています。その中で私はというと、伝統的な風の民の衣装を身につけていました。すなわち、長く裾を引く露出の少ないローブを。

 けれど、致し方なかったのです。お忍びで王が城を後にしてから、月は二回りしてしまいました。お付きも護衛も最初の月の満ち欠けの間にまかれてしまったと、情けない体ですでに城へ戻っています。探索の者も痕跡すら見つけられず、月詠みの姫へ伺いを立てれば異界にいると託宣がおり、界を渡ることの出来る私自らがこうしてやってくる羽目になったのです。

 つい、溜息が零れました。束縛は、王冠のみではないとわかって頂かなければなりません……。


 女性が示した先の木々の中では、たいそう賑やかな市が立っていました。相変わらず人々が避けていく中を足早に進みます。『露店』を探して。

 どのくらい歩いたときでしょうか。人の手によって作られたような流れの無い池の畔に、銀細工を広げた『露店』をようやく見つけました。一人二人立ち止まっては細工を見、ある者は買い求め、ある者は立ち去る様子を暫く私は眺めていました。 

 求められた中には、女性の言葉の通り、王冠も確かにありました。

 そして。

「……王よ」

 深く帽子を被った細い男は、肩を一度びくりと震わせました。

 そろりとこちらへ顔を向け、私の足先を見、それから徐々に上向けます。

 目が、合いました。

 あぁと漏れた……情けない、実に情けない声も表情も、カチンと来たので見なかったことにします。えぇ、見ませんでした。見ませんでしたとも。

「お探し申し上げました」

「はい、えぇ、あの、」

 もごもごと口の中でなにかを呟きます。えぇ、もちろん聞こえません。もごもご言いながら、何かを手の中でもてあそんでいました。

 ……問答無用で、取り上げました。

「あぁっ」

 情けない手が『それ』を追います。私は一歩下がって、すぐには届かない所へ待避させました。

 やっぱり。えぇ、そう。やっぱり、です。

 僅かに零れてくる力。陽の光の下だから、私にも触れるそれ。実際に触れれば間違えるはずもありません。

 オリジナルを。

「わかっていますね?」

「……はい、あの、もちろん、そんなつもりじゃ毛頭無くて」

 もごもごと何かを言う。もごもごと。

 つい、こめかみが。

「では、どういうつもりなのでしょう?」

 王の顔は見る間に蒼くなりました。視線を外し、私の足下ばかりをちらちらちらちら落ち着き無く覗い。

「私である必要はない筈なんだ。レプリカでも石には力がある。私より力を持つ者を見つければ、」

 ……この時の私の行動を、感情を、どう表せば良いのでしょう。

 その先を言わせることはありませんでした。私は反射的に王の右手、ではなく、左手を取り、その薬指へ王であるという束縛の証をはめ込みました。

 私の左手の薬指にはとうの昔に一つの指輪がはまっています。王を追うと決める前から。王が選ばれるその前から。ずっと、外すことなく。

 契約の証しとして。私の心を代弁する。

「私はあなたが良いって言ってるの! 王であるべきとか、職人であるとか関係ないの! でも、『仕事』を逃げ出すのも、私を置いていったのも絶対絶対許せないの!」

 ぽかんと私を見上げる王の、その右手を取りました。視界が何故か歪む中で、指を。

 王の器用に動く細くて、けれど力強い左手の人差し指が、私の頬を撫でました。

 撫でられて、滴が。

「……ごめん」

 一緒に帰ろう。

 私はただ、頷きました。


「……迷惑をたくさんかけた。界渡りの巫女である君を狩りだした結果になったのも申し訳ないと思っているよ。けど」

 情けない顔で王は私を見ました。私たちの前には、私は界を渡るときに繋げた『扉』があります。

 何が、問題なのでしょう?

「……まさか、僕たちの世界が冷蔵庫の中とはね……」

 本当に箱の中にあるわけでもなし。何も問題は無いでしょう。

 いつの間にか出来ていた人だかりの中、『冷蔵庫』のヌシらしい壮年の男に一礼し、私は扉を開けました。

 『冷蔵庫』の中には、我らの国の壮大なる景色がどこまでも広がっています。

「お騒がせ致しました。この箱はお返ししますわ」

 そして、扉を閉じました。


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<お題>


薬指の束縛

零れる

冷蔵庫の中

雑踏

王冠

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