20140822:彼女のアクリル製の箱

 一抱えもあるアクリル製の箱を美里は大切に抱え直した。揺らさないようにと気をつけながらそっと膝に置く。

 透明な箱の中には青いもやが浮かんでいた。黒い短パンから伸びる美里の白い腿にもやから生まれる青い光が静かに落ちた。

 誰もが良いねと言ったから、美里は僅かな空気穴を残して箱を閉じてしまった。複製してと頼まれて、データが壊れたと嘘をついた。嘘をつき、ついさっき。本当にデータを破壊した。 削除ではなく、破壊だった。ハードディスクを開封し、取り出した完璧な鏡面に丁寧に丁寧に傷を入れた。

 だからもう複製を創ることすら美里にも誰にも出来ないのだ。

「もったいないと思わないの」

 声に美里はにたりと笑う。

「思わない。だって手に入ったのだもの」

 一度は美里も諦めたのだ。初めからそれは人の物で、最後まで美里の物にはならなかった。だから今、ここにあるこれが美里にとっての全てで、他が破壊された唯一となった今、それ故世界の真実なのだ。

「そうして主従を気取るわけ」

「私があるじ? 何を言うの」

 ふと目を落とした箱の中、乾燥を見つけて、美里は箱を揺らさないようそっと床に下ろした。

 長い注射器に水を満たす。アクリルの蓋の僅かな隙間から、滴を一つ、たらす。

 あぁ。思わず漏れる声と溜息。

 滴は乾燥した脇に落ち、吸われて消えてしまった。

「難しいでしょう? だから私に任せなさいよ」

 ひたりひたりと近づく足音に美里は箱を引き寄せた。

「だめ。そんなコトしたら泣くわ」

「泣いてしまえばいいじゃない」

 それで済むなら。美里によく似た切れ長の目をさらに細め、さらりと流れる髪を揺らし、女は笑む。その手が箱にかかっているのを見て、美里はさらに箱を引いた。

 カタンと中身が揺れる。あぁ。再び声をあげた。

「これが最後なのよ?」

 今のでどれくらい被害が出たか。

「そう簡単に全滅なんてしないわよ」

 経験者が言うのだから。女は曇り一つ無い笑顔で言う。

 美里はイヤイヤと首を振り、再びそっと抱え上げた。

 水滴の落ちた場所を中心に、もやが形を持って行く。青く。宝石よりも透き通ったアクリルの中の星。唯一の地球。その他の希望も可能性もなくなった、美里だけの。唯一の。

「それでも。これは私が大切に育てるの」

 まだ幼い主(あるじ)に遣える下僕のように。

「そして、いつか」

 目を閉じれば、幼い美里へ手を伸ばす、細面の青年の姿が目に浮かぶ。

 彼を、手に入れる……。


 女は美里の後ろ姿を見送り、深く溜息をついた。

 失敗したわね。呟くように言った。

 大切に育てて、数多の星の中から最良の可能性を選び続け、ようやく美里が生まれた。美里は女を愛してくれるはずだったのに。

 欲しいのは箱ではなく。箱を取り上げられた後の美里だったはずなのに。

 ずっと寄り添ってくれる、妹のような。

 浮かぶのは自嘲。泣いてしまえば良いのは、私なのかもしれないわ……。

「どうしてこうなっちゃったのかしら、ね」


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<お題>


ヤンデレ

主従

小説の最後を『どうしてこうなった』で終わらせる

泣いてしまえ

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