にちじょうへーん
第23話 キツネの贈り物
最近、詳しく言えば一週間、園長にはちょっとした悩みがあった。
それは街や自然界を歩いている時に時々見かけるあるキツネについてだった。
そのキツネはここ一週間、どこへ行っても必ず視界の端にその姿を捉えることができる。
まるで監視しているかのようにずっと視線を感じ、それが途切れるのは自室に戻った時だけであった。尤も、大概は自然界で野宿しているので滅多に自室に戻ることはないが
そのキツネ、キタキツネが恥ずかしがり屋であることは園長はよく知っていた。そして、自分に用があることもなんとなく感じ取っていた。故に、なんとかしてやりたいと思っていたが…
「あ、キタキツネ。どうしたの?」
「あ、あわわ、ぼ、ボク……っ!」
「あぁ!どこに行っちゃうのさ!」
姿を合わせる度に、キタキツネはその場から逃げ出していた。
「はぁ…何とかしてやれないものか」
悩みに悩んだ末、園長はある一つの作戦を立てた。
それは翌日の朝であった。
街に来た園長は買い物をしていた。そして、背後に視線を受けた。
(来てるみたいだね…じゃあ…)
それを確認した園長は、そのまま品物を買わないで店を出て、しばらく街を歩いていた。視線は園長に合わせてついてくる。時々、信号で立ち止まったりすると、視線も距離が縮まる気はなく、キタキツネも恐らく止まっていることがわかった。
園長はそのまま歩き出すと、ある路地へと入り込んだ。ここからの行動は素早く、あっという間に壁をよじ登り、下からは見えない場所で、息を潜めた。
しばらくして、キタキツネが路地に恐る恐る入ってくるのを確認する。手に箱を持っている事も確認できた。
園長はそのままキタキツネの背後に静かに着地すると、一声かけた。
「キタキツネ」
「ひゃう!?え、あ…」
ビクリとして背後を振り向き、なぜ、いつの間に回り込まれたのか、驚き慌てていると肩をゆっくり、優しく園長に掴まれた。
「大丈夫だよ、安心して。」
そう言われてもキタキツネは全く安心できず、顔を赤く染めて俯かせる。無理に逃げようとしたところを、頭を優しく撫でられたせいで力が抜け、逃げられずにいた。
「自分の言葉でゆっくり話してごらん。いつまでも待つから」
そう言うと園長はゆっくりと肩から手を離した。すぐに箱を背後に隠したキタキツネは目を泳がせていた。伏し目がちでちらりと園長を見てみると、園長は優しそうな顔で、待ってくれていた。
キタキツネは決意し、口を開いた。
「ボク、これを渡したかった…」
「これは…」
「プレゼント」
可愛らしい赤色のリボンで括られた小さな箱は、キタキツネによって前へ出される。そして、園長はその箱をそっと受け取った。
しばらくして、園長は開けてもいいかと聞いてみるとキタキツネは頷いた。
箱の中身は赤色の毛糸で編まれた手袋であった。
「ま、まだ冬は全然遠いけど…でも、渡したくて…」
また顔を赤くして伏せてしまおうとする顔を咄嗟に園長は空いている手で優しく、壊れそうなガラス細工を扱うようにそっと、俯く顔を支えた。
「これは…作ってくれたんだね」
「!、うん!ギンギツネに教えてもらって、ボク、頑張って手袋を編んで!」
先ほどまで目を輝かせて、明るい顔で話していたのが突然、しまった、そんな表情になってしまって、また顔を赤らめて下げようとしたが、園長の手によってそれはできない。その時にキタキツネは園長に触られていると改めて認識して、更に顔を赤くした。
「あ、あぅ…ぼ、ボク…」
「ありがとう」
恐る恐る、キタキツネが目を上げて園長の顔を見ると、そこには笑顔があった。心底嬉しそうで、とても眩しい笑顔が。
これが、これが見たかった。
キタキツネはとても満足して、少し笑顔になった。
「やっと、笑ってくれたね。」
「え?」
「ふふっ、私はね、みんなの笑顔が大好きなんだ。だからさ、もっと笑おう?私も一緒だから」
キタキツネは園長の名前を静かに呼ぶ、そして、嬉しそうな顔をして言った。
「うん…!」
「よぉーし!それじゃ、何をしよっか?」
「ゲームは、どうかな…?」
「ゲーム?いいよ!負けないよ!」
二人は手を繋いで路地から出る。
その二人の姿はとても明るいものだった。
キタキツネが嬉しそうに何かを話す。キタキツネより少し背の高い園長は笑顔になってキタキツネの話を聞く。
二人は街を歩いて行った。
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