第2話 小山皐月


「つまり、別れたいってこと?」


髪をかき上げて、彼を睨みつける。最近、大人の女性を意識して前髪伸ばしたのに。そのほうが気に入ってくれると思ったから。あのときは、やっぱり似合うよ、なんて嬉しそうに笑ってたじゃない。


「何もかも幸人のせいよ。」


江川幸人。この日から、彼は私の彼氏ではなくなった。


彼は初対面のときから、私のことをさっちゃんと呼んだ。人懐っこい性格だとは知り合いから聞いていた。いざ話してみると、人と人の間に壁など存在しないことを証明してくれる、そんな感覚だったのを覚えている。

初めて食事に行ったのはいつだっただろう。どんな話をして、何を思っていたのだろう。なぜ彼となら、つまらないことでも大声で笑っていることができたのだろう。



どうして、自分は幸せ者だと思いこんでいたのだろう。



でも確実に、あのときは楽しかった。私は純粋に、彼のことが好きだった。それは変わりないのに。



告白された日。それは少し肌寒い日だった。

誰もいない教室の窓は開いていた。冷たい風が私の頬に当たって、さらに寂しさが募る。引き寄せられるように窓辺近くの席に座った。そこは彼の席だった。いつもここで、何を見ているのだろう。彼の目はいつも知らないどこかへ向けられていて、目の前にいる私なんて見えていない。彼は誰のことを思っているのだろう。何もかもがわからなくて、毎日そのことばかり考えて、勉強にも手がつかなかった。恋なんてもうしない。辛くなるだけだ。


「俺の席で何やってるんだよ。」


そのとき、今一番恋しい声が聞こえてきた。奇跡って本当に存在するのかもしれない、と思ったのはこのときが最初で最後だ。幸人は私の前に来て、歯並びのいい白い歯を見せて、にやりと笑った。肌も白いから黒縁メガネが妙に目立って見える。シャツを腕まくりして、いつもは見ることのできない筋肉が露わになっている。胸の鼓動が抑えきれない。彼を私のものにしたい、そう素直に思えた。自分の心臓音だけが教室に響く。彼が口を動かしているのはわかっていても、何を話しているのかは聞き取れなかった。徐々にこの世界の音が戻ってくる。グラウンドでは野球部のランニングの声が響いている。


「俺と付き合わないか。」


理解するのに数十秒必要だった。彼が顔色一つ変えずに言ったその言葉は、私が必要としていた言葉だった。こんなにも堂々と告白できるのはなぜだろう。自信があるのだろうか。それとも、感情を必死に隠しているだけだろうか。私は体が熱くなるのを感じながら、静かに首を縦に振った。告白の瞬間とは、いつになっても忘れられない。今でも鮮明に思い出すことができる。毎月記念日を祝うような女の子たちを理解できなかったけれど、幸人と付き合ってからは、私もその子たちと同じになった。

好きだったのだ。本当に。


でも今思えば、彼は一度も私に「好き」とは言わなかった。待っていたけれど、結局最後まで言ってくれなかった。人間は誰かを愛すると、それと同じ分だけ相手に見返りを求めてしまう。それでも、私は待った。待つことで、私の愛は風船のように膨れ上がり、破裂してしまいそうだった。その風船は、彼にとっては軽くなかったのかもしれない。



私の心の風船はまだ空中で浮いたままだ。



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江川くんの女 色彩の娘 @PomPom7777

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