江川くんの女
色彩の娘
第1話 安藤千夏
江川くん。あなたは、自分の黒縁眼鏡をとった後すぐに目をこする癖がある。それから、授業の合間に寝癖を確かめるように後ろの髪の毛をそっと触る。私は隣にいて、その様子を横目で盗み見ていたけど、江川くんは決して気づいてはくれなかった。
男の子にしては白い肌の持ち主。ふと横顔を見ると、私が吸い込まれてしまいそう。不思議な人。江川くんになら自分の全てを預けてしまいたいと思ってしまう。あなたを見つめて、うっとりし、そして、胸が苦しくなる。
私が通っているT高校の近くには小さな神社がある。そこは誰にも見つからない、私だけの世界に浸れる場所。なのに、あの日は江川くんも来ていた。
「お、安藤じゃん。」
江川くんは私を見つけると、嬉しそうに白い歯を見せて笑った。そんな顔しないでよ、と思う。足が動かない。私の体は棒のようになって、あなたのところへ行くことができない。強い風が吹く。世界が歪む。ぐにゃりと曲がったこの世界は、私と江川くんを二人きりにさせた。
「よくここに来るの?」
「うん。江川くんは?」
「俺は初めて。」
江川くんが私に近づいてくる。枯れ葉を踏んで音を立てながらやってくる。私の目の前に来ると、江川くんはまた優しげに笑う。歯並びいいなあ、なんて考えながら上目遣いであなたを見つめる。こんなに身長高かったっけ。
時が止まった。あなたはゆっくりと私の手を取る。少し厚めの白い手は、思ったよりも温かい。
「おみくじ引こうよ。」
突拍子もないことを言う。そんなところも好きなのかもしれない。私は江川くんに引っ張られるようにして、百円のおみくじの前まで来た。ここの神社のおみくじを引くの初めてだなあ。じゃんけんで江川くんから引くことになった。
「俺、吉だった。安藤は?」
「凶だ。最悪。」
いつもそうだった。運がない。それに、江川くんの前で引いたおみくじがこれじゃ報われない気がしてきた。でも、ふふっとまた笑って、あなたはまた言う。
「凶って漢字、思い浮かべてみて。上開いてるでしょ。凶のメは上にしか伸びない。安藤にもきっと良い事あるよ。」
お願い。もうやめて。そんなに優しくしないで。そうやって優しくされるたびに、私はあなたにのめり込まれていく。ああ、まぶたの奥が熱くなっていく。あなたがぼやける。声を上げて泣いてしまいたかった。だけど、そんなことをしたら江川くんに嫌われてしまう気がして、それがとてつもなく怖くて、必死に笑った。
無理やりだったから、不気味な笑顔だったかもしれない、と少し後悔した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます