くたばれクソ野郎

@senakalove

くたばれクソ野郎

風が強く吹いている。マキシ丈スカートを抑える左手は、もうずっとばたばたと、暴れたい衝動と戦っている。わたしは縮まらない距離を行ったり来たりしている波を眺めながら、どうしてこんな風の強い日に彼女と一緒に川辺まできたのか、どうしてさっきから彼女は一言も発さないのか、どうしてわたしは彼女と一緒にいるのか、答えを出す気も探す気も見つける気もないことをぐるぐると考えていた。

視線を上げ、隣に立つ彼女を盗み見る。両手をコートのポケットに入れ、背筋を伸ばして立つ彼女の視界に映るのは川を越えて走る電車や車たち。そこにわたしはいない。わたしはもうずっと、彼女の中にいない。

今日だってそうだ。お互いの休みが合う久しぶりの日曜だから、わたしはどこかに出かけたいと思っていた。何度か連絡を取り合っていたがはっきりとしたことが決まらず、結局、今朝になって彼女の家に行くことになった。

お昼ぐらい外に出るかと思ったら、「変な時間に食べたからお腹空いてないんだよね」といわれ、わたしは「そっか」と返して駅前のコンビニでおにぎりを買った。テレビで芸人たちが楽しそうに笑っているのをBGMにしながら、わたしは味のしないおにぎりを食べた。そもそもなんの具を買ったのか覚えていない。彼女はテレビを見るでもなく、わたしと会話をするわけでもなく、ソシャゲをしながら時間を潰していた。

「れーちゃんさ」

「うん?」

彼女がわたしを見る。眩しそうに目を細めた。わたしの後ろには沈んでいく太陽がある。眩しいよね、そうだよね、わたしの顔なんて見えないよね。

「もう嫌ならやめよう?」

彼女はわたしから一回視線をそらして、波に押されて集まってきた小枝を見た。何本も何本も重なったそれは、わたしがさっきまで見ていたもので、そこから増えたのか減ったのか分からない。数秒、小枝の動きを目で追って、それからまたわたしを見る。

でも本当に、わたしを見てるのかなぁ。風が強い。わたしの髪はぐちゃぐちゃにされて、顔にかかる。わたしからも彼女が見えないや。視界がぼやける。泣きたくない。泣きなくないんだよ。

「何が?」

「こういうの。なんか疲れちゃった」

左手越しにスカートの暴れっぷりが伝わってくる。このスカートのように好きなように暴れたら楽になるのかな。わかっているのにわからないふりをする彼女は、目を細めながら首を傾げた。「帰るね」風に流されるまま暴れる勇気がないわたしは、ここから逃げるように歩き出す。彼女はわたしを追ってこない。わかっていたけどそれが悲しい。

スカートから手を離した。バタバタと、自由になった喜びを感じているような動きをする。もうこの川辺に来ることはない。ざぱざぱと泡立つ波を見ることもない。彼女に会うことも、連絡を取ることもない。

たくさん人が行き交う都会で、彼女とすれ違うことがあったとしても、わたしはそれに気づかないだろう。気付きたくなんて、ない。


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