猫又探偵化猫さん―Detective Kaneko―

アーモンド

真っ黒死体事件

背高草の中で横たわるむくろがあった。

火傷でもないのに肌は黒ずんで、一目では炭かと見間違えるくらいである。

それをニタニタと見下ろす人影。

お決まりではあるが顔は逆光で見えない。


「お前が悪いんだ…………。」


犯人はそう言い残すと、駆け足でその場を去っていった。




「――――背高草の中で、ねぇ……。」

随分と丸い背中が、そう言って牛乳を飲んでいた。『うん、美味い』と目を光らせる。


「それは……興味が湧いて来たなぁ。

現場はどこ?早速行こうじゃないか。」


依頼人である獅子堂ししどう刑事と共に、猫背のトレンチコートは殺害現場である背高草生い茂る空き地へとやって来た。

そこには既に【鬼】といわれ恐れられる鷲尾わしお警部を筆頭に、警察内でも実働部隊のトップ達が揃っていた。

皆マスクに手袋、顔が分からないが、鷲尾警部はゴーグルをしていた為にすぐに解った。

彼いわく、背高草の花粉が酷いから、だという。鬼の鼻にもちゃっかり花粉症とは、ギャップ萌えでも狙っているのか?


「おい獅子堂、何で部外者を連れて……。」

「おやおや、私は探偵ですよ?しかもなら解決率トップの。」


そう言い、彼は現場にいた刑事達一人一人に名刺を配り始めた。


「「「……『化猫かねこ』……?」」」

「はい。私は化猫かねこ。細々と探偵やっておりますので、どうぞご贔屓ひいきに。」

「この事件に探偵の出る幕はない。とっとと帰れエセ!」

「いいえ警部さん。私は帰らない。

マスク手袋を常備していて良かったですね。このご遺体は黒死病に感染している。」


その発言に、空気が冷え固まる。

黒死病、だなんて聞き慣れない単語とは言え、彼らにはその意味が理解出来たから。


「……そんなバカな。大体、そんなの検査しなけりゃ分からんだろうが。」

「いいえ?私はですから。見ただけで解りました……このご遺体の死因も、犯人もね。」




探偵の推理を、結局のところ警部は黙って聞く事にした。彼にはさっぱり、この謎は分からなかったのである。


「――――まず、このご遺体を良く見て下さいな。出血の跡、はんが出来ていますね?更にここ、手足。これ壊死してます。」


ご遺体をじっくりと眺める探偵化猫と、それに対する嫌悪感から目を背ける刑事達。

中には吐き気を催すものまでいた。

だがそんなのは知らぬ存ぜぬと言うように、探偵は自らの推理を淡々と語っていく。


「……これらは全て、ペストによる敗血症の症状です。その別名こそ、黒死病。

そして【黒死病】を彼に吹っ掛けた犯人を、私は知っている。」


吐き気にさいなまれながら、刑事の一人が問うた。


「その犯人は……?う゛ぇ゛っ゛ぷ。」

「その犯人は……貴方だ、鷲尾警部!!」

「なっ……、何を言っているんだ……!?」

「いい加減正体を現したらどうです?

鷲尾警部……否、ッッ!!」




土蜘蛛――――。

農民達の怨念が集まって出来た『妖怪』……という説もある。

上代における朝敵であり、源氏の宿敵。

そしてこの現代では、伝承の改変により存在の詳細を変え…………【病を人に垂らす巨大な蜘蛛】としての地位を確立していたのだ。




「……ネコ、ナゼワカッタノダ?」

「だから言ったでしょう。私は探偵ですから。なら見逃しません……例えば貴方の準備の良さ!

他はマスク手袋だけだというのに、貴方だけゴーグルなんかしちゃって。

黒死病対策としか思えませんよ?それ。

眼球からの感染もありますから…………貴方はそれを知っていた。

どちらかと言えば病死ではない死を取り扱う職種の人間が、この日本では流行していない病気に関して詳し過ぎるのはいささか奇妙、かと思われます。

紛れ込む場所を間違えましたね、貴方は。」

「……仕方アルマイ、今回は引イテヤル。

覚エテイロ、イツカ必ズ…………。」


じりじりと、土蜘蛛は足元を掘っていたらしい。ふと姿が消えたかと思うと、大きな竪穴たてあなだけがぽっかり、口を開けているだけだった。


「……何だったんだ、今の化け物は……。」

恐怖でほとんどの警官が腰を抜かす中、獅子堂刑事だけは立ち尽くしたまま呆然としていた。

「ふうむ、貴方、中々見所ありますね。

どうです、探偵に転職など?」

「……いや、俺には無理だ。アンタ、あんな化け物とまともに対峙出来るなんて、とても人とは思えないな。」


獅子堂のその一言に、化猫かねこはニタア、と笑った。


「私が『人』だなんて言いましたっけ?

ニャハハッ、やっぱりまだまだですねぇ。」


猫背を少しばかり伸ばした化猫の顔を、獅子堂だけははっきりと見た。見てしまった。


縦割れの眼孔が、獅子堂の意識を吸い込む。

白黒茶のまだら模様がわらう。


「それではまた。

2回目のご依頼は、お代を頂戴します。」


笑い声が、猫背を通して響き渡った。

いつの間にか姿の消えた探偵を追う事もなく、刑事たちはただ呆然とするだけだった。

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