第29話 勤務11日目(2)

考えてみれば、店長だって命がけでやってくれたんだ。

だから店長には礼を言わなきゃならない。

だが、だからって私も死んでいいってことには、ならないじゃないか。

ちくしょー、高石め。出社して来たら白状させてやる。

あいつがオフィスに入ったら、後から入り込んで口を割らせるんだ。

どうやったら呪縛を解けるのかを。

口を割るまで凄惨な拷問をしてやるぞ、ふふふふふ。

そうとも、それで呪縛を解きさえすれば、何とか生き延びられるはずだ)

●十時:アイラボの社員出勤

私はじっと高石が来るのを待ち構えた。

高石が来たら、本当に呪いの解き方を言わせるつもりだ。

事と次第によっては手段を選ばない。

それくらい殺気立っている。

当たり前だ。

誰がむざむざ殺されるものか。

だが三十分経っても高石は姿を見せない。

(おかしいな、もう三十分も経つのに)

きょうは休みなのだろうか。

さっきまでの殺気立った気持ちが萎えていくのがわかる。

休むなら連絡があってもいいはずだが。

待つこと一時間。

まだ高石は出社しない。

守衛室の外線専用電話が鳴った。

なぜか心臓が止まるほど驚く。

「は、はい、ドイナンカビルです」と私。

「アイラボの三上と申します」

「ああ、はい。こちら守衛室ですが」

「高石は出社しません。一応、お知らせしようと電話しました」

「どういうことですか?」と私。

「昨日、高石は突然ですが亡くなりました」

「、、、はあ?」

「それでは失礼します」

電話が切れた。

私はしばらく呆然とした。

何も考えられなくなる。

私は守衛室の椅子から立ち上がると、放心状態のまま休憩室へ行きコーヒーを入れた。

コーヒーを一口二口飲み、やっと少しずつ頭が回りはじめる。

コーヒーカップを持ちながら、再び守衛室の椅子に座った。

(高石が死んだ、だと?)

どういうことになるのか。

店長と高石が呪詛合戦で相打ちで死んだということではないのか。

(そうだ、配達夫なら何か知ってるかもしれない)

私はすぐにコンビニに電話を掛けた。

●午後一時:コンビニに電話で昼食配達をお願い

メニューは鮭、梅干のおにぎり、冷たい紅茶を依頼する。

待つこと十分。配達夫が今朝と同じく自転車でやって来た。

「毎度」と配達夫は頭を下げて言った。

「忙しいのに悪いな」と私。

「いいえ、仕事ですから」

「一つ訊きたいことがあるんだよ」と私。

「ぼくで知ってることなら」配達夫は言った。

「その前に店長は本当にお気の毒だった。まず店長に謝りたい」と私はしばらく目を瞑った。

「ところで訊きたいのは、呪詛合戦で相打ちなんてことがあるのかい?」目を開けて私は訊いた。

「相打ち、ですか」

「ああ。互いに攻撃し合って互いに死ぬってこと」

「聞いたことはありません。どちらかのはずですが。どうしてです?」と配達夫。

「ああ、いや。店長の相手と思っていた人も死んだからだ」

「もしそうなら、その亡くなった人は店長の相手ではないと思いますよ」と配達夫。

「そうか。いや、ありがとう。今朝は当り散らしてすまなかった」と私は謝った。

「いいえ、気にしてませんよ。じゃあまた夜に」

配達夫はそう言うと、自転車で走り去った。

●午後二時:守衛室

私は自分のきのうまでの個人日誌を読み返してみる。

(んん?)

日誌の最後のページには呪詛と大きく書いてあるが、その呪詛という字の脇に呪の文字がさらに一文字追加されていた。

(やはり呪いは生きている)

呪いは生き続けているらしい。

記憶にないのだが、自分自身で書きたしているのが、その証拠だ。

呪いという暗い力で、私自身が動かされているのだ。

解決の糸口になるはずの高石は死んでしまった。

(どうやって解けばいいんだ?)

もんもんと時間ばかりが過ぎていく。

(いつまで生きれるか、私自身にもわからない。時間を無駄にしたくない)

そう思うのだが、ではどうすればいいのか、皆目わからない。

(降参するしか、死ぬしかないのか)。

●午後七時半:電話で夕食配達をお願いする

メニューは幕の内弁当と麦茶だ。

特に空腹を感じないが、配達夫と話がしたくなった。

何かのヒントが聞けるかもしれない。

待つこと十分。

配達夫はライトを点けたミニバンでやって来た。

「毎度、どうも」と配達夫。

「昼間はありがとう。もう一つ二つ訊いていいかい?」

「はい、何でしょう」

「呪いを解くには、どうすればいいの?」

「呪った相手を殺す、それしかありません」

(そうだったのか!)

「手段は何でもいいのかい?」

「はい、そう店長に聞いたことがあります。でも殺人という手段を使うと警察に捕まります」

「呪った人は死んだが、呪いだけが生き残るってことはあるのかい?」

「絶対にないとは言えませんが、ほとんどの場合、呪ってる人が存在するから呪いも存在するんです」と配達夫。

(ってことは、私の場合、まだ呪ってる人が生きてるってことになる)

「店長は敗れて死んだ、つまり相手は生きているわけです」と配達夫。

「困ったな、私を呪ってる奴が誰か、わかればいいんだが」

「そうですね。力になれず、すいません」と配達夫が頭を下げた。

「いや、話せてよかった。ありがとう」

「じゃ、また」

そう言うと配達夫は帰って行った。

(そうだ、呪ってる奴がわかれば殺すのだ。生きたければそれしか手はない)

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