第28話 勤務11日目(1)

・勤務十一日目

暗い夜に守衛室に座っている。

お腹が空いていたので、コンビニへ配達をお願いする。

何を頼んだのか自分でもわからない。

やがて配達夫が黒っぽくて長い札を持って来た。

(ん?)

その黒っぽい長い札が、位牌だとわかる。

(誰か死んだのか?)

配達夫は下を向いたまま位牌を私に差し出した。

「店長、勝ちましたよ。呪詛合戦に」

(え、じゃあ、相手は死んだの?)

「そうなんです。相手、死にました。これが証拠です」

(ってことは、私はこれからピンピン生きれるってこと?)

配達夫が顔を上げて私を見つめた。

(うっ!高石!)

配達夫の顔は高石だった。

なぜか高石の端正な顔だけが暗闇の中に浮きだって見える。

その表情は、美しい顔立ちだけに冷酷さが強調されている気がする。

(残念だったな高石。私を呪い損ねて)

「私が死ぬの?」と高石。

(そのとおりだ)

「うううう。うわああああああああ!」高石は髪を掻きむしり悲鳴を上げた。

高石の顔が巨大になり、あのビルに変わった。

ビルの暗闇から悲鳴のような声が漏れて来る。

(やったぞ!店長は勝ったんだ!)

●五時半:起床

私は目が覚めた。

(夢だったのか)

心臓の鼓動がすごく速い。

肌身離さずのお守りを握りしめる。

(ありがとう、店長、守ってくれて。このお礼はさせてもらうよ)

今朝もコーヒータイムにする。

久しぶりに清々しい気分になる。

コーヒーの香りを楽しみながら、窓から見える山々を眺める。

こんな気持ちのいい朝は、ここへ来てからはじめてのように感じる。

時間的余裕があるため、ゆっくり身支度して洗顔も終えた。

余裕のある気持ちで改めて山々を眺めると、その緑に心が癒される。

時計を見ると、もう少しで巡回時刻だ。

●六時半:一回目の巡回開始

きょうも重いリングを腰に下げ、巡回勤務を開始する。

呪縛を振り払った夢を見たせいか、なぜか前向きな気持ちになってくる。

きのうと同じく非常出入口の鍵を探す。

カチッ。

まず一階の通路を挟んで左右にある男性と女性のトイレを見回る。問題なし。

そこから奥へ進んで給湯室、通路を挟んで左右にある会社のオフィスの中も見て回る。問題なし。

一階の一番奥のエレベーターをチェックする。

異常はない。

一階に停止したままだ。

(もうエレベーターが勝手に動くことはないだろう)

きのうまで、ああでもない、こうでもないと考えていた自分が嘘みたいだ。

耳を澄ませた。

トイレの水は流れておらず、正常のようである。

(このトイレの故障も、もう起きないだろう)

私は思った、これも元陰陽師の勝利ではないかと。

高石の呪術は敗れ去ったのだ。

五階から一階まで、このビル全体を支配した高石の呪術。

私は五階までの巡回を終えると、鼻歌を歌いながら一階まで西側の階段で下りた。

隠しボックスの蓋を開いてトグルスイッチをONに倒す。

自動ドア機能が作動した。

清々しいこのビルの一日がはじまったのだ。

●七時十五分:一回目の巡回終了

腕時計を見ると七時十五分。

定刻に終わったのだ。

きのうと違って疲れは感じない。

これも元陰陽師である店長のおかげなのか。

私はすぐにビルを出て守衛室へと戻った。

●八時:朝食の配達のお願い

電話で朝食配達をお願いする。

メニューは焼きそばパン、それにアイスコーヒーにする。

待つこと十分で配達夫が自転車でやって来た。

「毎度」と配達夫。

なぜか元気がない。

「どうしたの?元気ないね」

「店長が、、、死にました」と配達夫。

「え?」と私。

あまりの配達夫の言葉に唖然とする。

「そ、それって、つまり」と私。

「そうです、呪詛合戦に負けたんです」と配達夫。

(な、なぬーっ!)

「ええ?でも今朝、夢で見たんだ。夢に君が出て来て店長は勝ったって」

「夢は夢ですよ。そのため店はてんてこ舞いです」

今朝に見た勝利した夢とは正反対ではないか。

奈落の底に転落していく気分とは、こういうことを言うのだろう。

糠喜びとは、このことか。

「そんな、、、相当の使い手じゃなかったのかい?」と私。

「でも負けたんです。死んだんです。相手は店長以上の使い手でしょう」と配達夫。

「じ、じゃあ私は、私はどうなるんだ?」

あまりに突然のことに膝が震えている。

「わかりません。死ぬかもしれませんし生きているかもしれない」と配達夫。

「お、おい!適当なことを」

「ぼくに当たられても困ります。ぼくは事実を言ってるだけです」

「あ、ああ、そうだよな。すまなかった」

「もう店に戻らなくちゃ。じゃ、これで」

配達夫はすぐに自転車に跨ると、急いで走り去った。

(まったく何ということだ。店長が敗れただと?)

私は制服の中に手を入れ、お守りを強く握った。

(このお守りをくれた元陰陽師。相当の使い手が、あの店長が高石に負けただと?)

考えたくない。

いや、ここは冷静に考えてみよう。

(これが冷静でいられるか!店長が死んだってことは、私への呪いを返せなかったということだ。

私も同じ運命なんだ。

いや、配達夫も言っていたじゃないか、死んでるかもしれない、だが生きてるかもしれないって。

そんな適当な、その場かぎりの言葉に騙されるなよ。

元陰陽師で相当の使い手だった店長でさえ死んだんだ、私ならなおさら簡単だ。

とにかく落ち着け!落ち着くんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る