第27話 勤務10日目(2)
「あ、ああ、すんません」
私は鍵を高石に、ちょっぴり荒く放った。
高石は一瞬、キッと私を睨むとビルへ歩き去った。
あと二週間だ。
(睨みたいのは高石、私の方だぞ)
そんなことを、いろいろと考えていると、いつの間にか十二時十分前になった。
●十二時:コンビニに電話で昼食配達をお願い
きょうはピザまん、ヨーグルトに冷たい紅茶といこう。
待つこと十分。配達夫が自転車でやって来た。
「毎度」と配達夫は頭を下げて言った。
「で、店はどうなの?」と私。
「はい、前にも言ったように、二人いますから問題ないです」
「そりゃ良かった。私のせいで迷惑を掛けてる気がするんだよ」と私。
「いえいえ、守衛さんのせいじゃありません。こういう時こそファイトです」配達夫は励ますように言った。
「わざわざ、ありがとう」
配達夫はそう言うと、自転車で走り去った。
高石はきょうもお弁当らしい。
(お昼時だってのに、せっせと私に呪いを掛けてるのか、ご苦労さん)
●午後一時:守衛室
私は自分のきのうまでの個人日誌を読み返してみる。
(ん?)
日誌の最後のページには、大きな字で呪詛と書いてある。
ここまではきのうと同じだが、きょう見ると、その呪詛という字の脇に呪の一文字が追加されていた。
(またかよ?)
自分自身で書いたに決まっているのだが、その記憶がない。
(もはや高石の呪術に私は陥りかけているのか?)
●午後六時:アイラボ社員帰宅
高石が守衛室にやって来た。
「早いですね」と私。
「ええ、おかげさまで。はい、じゃこれお願いします」
高石は入出者ノートに記入すると、鍵を置いた。
このところ高石のおかげで、私との間に妙な深い溝が出来てしまった気がする。
一日にわずかな時間しか顔を合わせないから、いいようなものだが。
ちょうどその時、門の外にスポーツカーが停車した。
高石は鎖を潜り門の外へと出ると車に乗り込み、車はやがて走り去った。
●午後七時半:電話で夕食配達をお願いする
メニューは幕の内弁当と麦茶にする。
待つこと十分。
配達夫はライトを点けたミニバンでやって来た。
「毎度、どうも」と配達夫。
「昼間はありがとう。明日もよろしく」と私。
「はい、ありがとうございます」
そう言うと配達夫は帰って行った。
●午後十時半:二回目の巡回開始
いつものように非常用出入口よりビルの中へ入り、自動ドアの自動スイッチをOFFに倒した。
次に非常用出入口に内側から鍵を掛ける。
懐中電灯で照らされた闇の通路には、今夜も自分の靴音だけが反響する。
いつもと同じように通路を挟んで左右にある男性と女性のトイレを見回る。問題なし。
さらに奥へ進んで給湯室、そして通路を挟んで左右にある会社のオフィスの鍵を選びドアを開け、中を見回る。問題なし。
いよいよと五階へ達する。
(ん?)
アイラボの中から話し声が聞こえる。
いや、低く唸るような、そういつか聞いた、あの念仏のような呪文のような声だ。
どこから侵入したのか。
いや、それとも呪術のおかげで私がおかしくなっているだけなのか。
私は無意識に鍵束のリングを握りしめた。
いざとなったら、この鍵束の重いリングが強力な武器になる。
アイラボの鍵を取り出し、ドアを開ける。
「だ、誰かいるのかーっ!」
私はドアを足で押し開けると、中を照らした。
(うわっ!)
懐中電灯の明かりに照らし出されたのは、人だった。
それも目が虚ろで白眼を剥いている。
「あ、あんた、上田さんか!」
上田は私に気付くと、身をすばやく翻し窓ガラスを蹴破って外へ飛び出した。
ガラスの破片が辺りに散らばる。
「お、おい!」
私は窓際に駆け寄る。
ここは五階だ。
この高さから飛び降りたら、いくら何でもタダでは済まない。
(あ、れ?)
だが、窓の下に上田の姿はない。
私は急いで守衛室に戻ると警察へ通報した。
約五分で一台のパトカーがやって来た。
「どうしました?」
「大丈夫ですか?」
パトカーから二人の屈強な警官が出て来た。
私はたったいま、この目で見たことを話した。
私を含めて三人は、まず上田が飛び降りた場所へ向かう。
「誰もいないようですが」
「とにかく現場を案内してください」
私は警官二人をアイラボに案内した。
警官の一人が蛍光灯を点ける。
(はあ?)
窓ガラスには何の異常もない。
「ここに人が立っていた、そして、この窓を蹴破って飛び降りたんですよね」
「割れた窓なんか一つもありませんよ」と警官の一人が少し語気を荒げて言った。
「あのね君。いくら田舎だからってねえ、こういう悪戯は困るんだよ」
「いいえ、確かに見たんですよ、本当なんです」と私。
「だって、どこにも異常がないじゃない」
その後、私は五階の廊下で二人の警官に散々に怒られた。
●午後十一時五十分:二回目の巡回終了。異常なし
守衛室へ戻ると、日誌にきょうのことを書き込む。
(とほほほ、どうなってるんだ?呪われるわ、警官に怒られるわ、なんてこった)
●午後十二時十分:シャワー
珍しく湯加減がちょうどいい。
●午後十二時半:就寝
ベッドに転がる。
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